(毎日 1月14日)
温暖化の現状や国際交渉の歩みを特集。
◆北極圏・米アラスカ州
地球温暖化の影響が最も顕著だと言われる北極圏。
昨年11~12月に訪れて見たのは、氷が消えた海や、黒土にまみれた雪原。
●氷は数キロ沖
北極海の岸辺に氷はほとんどなかった。北緯71度。
米国最北端の町、アラスカ州バロー上空をチャーター機で飛んだ。
以前は9月か10月には、海は岸まで凍りついた。
だが、まとまった海氷があったのは、沖合数キロも先。
北極海は、厚さ3メートル程度の「多年氷」が少なくなった。
固まって間もない厚さ1メートル程度の「1年氷」の多くは、すぐに解けてしまう。
氷がもろくなり、先住民が氷上で行うアザラシ猟なども危険が増す。
●鯨の民
夜。緑色のオーロラが風に揺れるカーテンのように天空を舞う。
海岸に、ホッキョククジラの骨で組み立てたアーチがたたずむ。
捕鯨で生活の糧を得てきたバローのシンボル。
極北の先住民は、アラスカからカナダやグリーンランドへと活動範囲を広げた。
人々は協力して鯨に立ち向かい、獲物は平等に分かち合う。
自然を敬い礼儀を尽くす人間の前に、鯨は自ら命を投げ出してくれる。
パンフレットには、「捕鯨は我々の生来の権利であり運命」との言葉。
●さまよう巨体
夜の海岸沿いを行くと、ホッキョクグマが姿を見せた。
海氷上で暮らし、アザラシを狩るホッキョクグマも、
海氷が消えれば狩りがしにくくなる。
昨春は、南洋にすむはずのザトウクジラがバロー沖に初めて姿を見せた。
「氷が消え、ホッキョクグマが消え、アザラシが消え、クジラが消えるのか。
この先どうなるのだろう。我々は飢えることになるのか」。
バローの長老、ケネス・トゥバックさん(84)の言葉。
●狂った自然
バローの東約500キロにある先住民の村、カクトビックでも異変。
地面や凍った干潟の表面が黒く汚れていた。
「いつもなら雪で真っ白なのに、これじゃオーバーヒートしてしまう」。
スノーモービルを運転したブルース・イングランガサクさん(51)。
連日、村をいつになく強い東風が吹き抜けていた。
雪も例年より少なく、村の東方にある砂丘地帯から小石や砂が運ばれた。
村の発電所に勤務するシェルドン・ブラウワーさん(39)は、
「こんなに村が汚れてしまうのは初めて。自然が狂っているよ」。
◆「CO2、1トン削減費用は最大80ドル。世界GDPへの影響小さい」
国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第4次報告書は、
温暖化が進めば、「21世紀末の平均気温は、
20世紀末に比べ1・1~6・4度上昇」と予測。
地球環境の破綻を防ぐには、平均気温の上昇を「2~3度」に抑え、
今後20~30年の取り組みが大切。
二酸化炭素(CO2)の2004年排出量は、1970年に比べ8割も増えた。
1906~2005年の100年間に、平均気温は0・74度上昇。
00年までの100年間の0・6度を上回っており、温暖化が加速。
「温暖化が起きていることに疑いの余地はない。
20世紀後半の気温上昇は、人間活動による温室効果ガスの増加が原因」。
温暖化が進むと地球はどうなるのか?
報告書は、2~3度を超えて地球の平均気温が上昇すると、
生態系や気候に大きな影響が出ると警告。
▽極端な高温や熱波、大雨が頻発する、
▽熱帯低気圧の強度が増大する、
▽水不足に苦しむ人が数億人増える、
▽生物種の30%が絶滅の危機に直面する、
▽低緯度地域で穀物生産が減少する、
▽栄養不良や感染症に苦しむ人が増える。
2050年までに現在の排出量を半減させる必要がある。
温暖化対策は、経済に影響するとの指摘もあるが、
「CO2を1トン削減するために必要な費用は、最大でも80ドル、
世界の国内総生産(GDP)への影響は、年平均0・12%減で済む」と試算。
地球温暖化を引き起こしているのは、CO2やメタンなど
大気中の温室効果ガス濃度の増加。
温室効果は、地表を人間や生物がすみやすい気温に保つ役割。
もし、地球に温室効果ガスがなければ、平均気温は氷点下19度で、
現在の14・5度程度という快適な空間にならない。
産業革命以降、人間活動が活発になり、石油や石炭を燃やすことで発生する
CO2が大気中に大量に排出される。
05年の大気中CO2濃度は、379ppmで産業革命前の1・35倍。
07年の世界の陸域の平均気温は、平年より0・67度高く、
統計のある1881年以降最も高い。
98~07年の平均気温も観測史上最高を記録。
◆「2050年までにCO2排出量半減」へ、洞爺湖サミットがヤマ場
地球温暖化問題がクローズアップされるようになったのは、1980年代末。
米国では、干ばつが相次いだ88年に議会などで危機感が高まった。
旧ソ連の崩壊で東西の冷戦構造が壊れたことも影響。
世界は、冷戦後の国際秩序をつくる新たな政治課題として温暖化に注目。
CO2の排出源は、産業活動から日常生活まで幅広い。
対策も、それらを包括した多岐なものになるため、
国際交渉では各国が主導権を激しく争い、国益がぶつかり合う。
88年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)がIPCCを設置。
地球温暖化に関する研究の総括作業を始めた。
21世紀末に平均気温が3度上昇する恐れがあるとした第1次報告書は、
大気中のCO2濃度の安定を目指した気候変動枠組み条約の採択に。
温暖化と人間活動との関係を指摘した第2次報告書は、
先進国に排出削減を義務付けた京都議定書の誕生を促した。
議定書は、環境と経済の両立を目指す画期的な環境条約だったが、
2012年までしか定めがない。
温暖化をめぐる国際交渉では、13年以降の枠組み(ポスト京都)を
どうするかが最大の焦点。
昨年の独ハイリゲンダム・サミット(主要国首脳会議)は、
合意文書に「50年までに世界の排出量を半減することを真剣に検討する」。
気候変動枠組み条約第13回締約国会議(COP13、温暖化防止バリ会議)
では、09年までにすべての国が参加する枠組みを作ることが決まった。
しかし、「20年に20~30%」という大幅な削減目標を掲げる
欧州連合(EU)と、数値目標の設定を拒否する米国、
削減義務自体に反対する中国やインドとの隔たりは大きい。
今年7月の北海道洞爺湖サミットは、交渉の大きな節目。
議長国日本は、議定書に代わる独自の削減目標の導入を提唱する方針だが、
会議をリードできるかは不透明なまま。
京都議定書が対象にしている温室効果ガスは、
CO2やメタンなど6種類あるが、排出量の9割はCO2が占める。
04年には、世界で265億トンのCO2が排出。
京都議定書の基準年(90年)と比べると、28%増。
最多は米国で、世界全体の22・1%。
次いで中国が多く、両国で世界のCO2排出量の4割。
日本は、世界全体の4・8%で国別では4位。
国民1人当たりのCO2年間排出量も、米国が約20トンで最多。
日本は米国の半分、中国は日本の半分に満たない。
70年以降、中国は排出量を4倍以上、インドは約10倍も増やした。
IPCCは、途上国を中心に30年までに石油や石炭の消費による
CO2排出量は、00年比で最大2・1倍になると予測。
議定書は、先進国の温室効果ガス排出を90年比で5%以上削減が目標。
IPCCが指摘した「2050年に世界の排出量を半減」には遠く及ばない。
経済への影響を懸念した米国は議定書を離脱、
中国など途上国には削減義務がなく、
ポスト京都交渉では実効性ある枠組み作りが問われている。
==============
◇気候変動に関する政府間パネル(IPCC)
88年に設立された国連の組織。
各国政府から推薦された科学者が三つの作業部会に分かれ、
5、6年ごとに地球温暖化に関する科学的根拠とその影響、対策の
3項目について評価し、報告書をまとめる。
第4次報告書には、130カ国以上から約4000人の専門家が参加、
約65万年前までの大気の分析や観測網の充実などを反映した内容。
温暖化に関する共通認識を作ったとして、
07年のノーベル平和賞にアル・ゴア前米副大統領と共に選ばれた。
◇気候変動枠組み条約と京都議定書
枠組み条約は92年に採択。
温室効果ガス増加による地球温暖化を防ぐため、
世界の00年の排出量を90年並みにとどめることを目標。
排出削減に強制力がなく、97年の地球温暖化防止京都会議で、
先進国に排出削減を義務付けた議定書が採択。
08年から議定書の削減義務の対象期間(第1約束期間)がスタート、
12年までに90年比で日本は6%、欧州連合(EU)は8%削減する義務。
日本の06年度の温室効果ガス排出量(速報値)は、
90年度比で6・4%増えており、実際には12%以上の削減が必要。
◇京都メカニズム
排出削減を、世界全体で柔軟に進めるために京都議定書で導入された制度。
他国での排出削減を、自国の削減分とすることができる。
(1)先進国と途上国が共同で削減事業を実施し、削減分を、事業に投資した
先進国が自国の目標達成に利用できる「クリーン開発メカニズム(CDM)」
(2)先進国同士が共同で事業を実施し、その削減分を投資国が
目標達成に利用できる共同実施(JI)
(3)先進国同士が削減目標達成のために排出量を売買する排出量(権)取引
の3種類ある。
エネルギー効率の高い日本で排出削減事業を実施するより、
エネルギー効率が悪い途上国などで事業を実施した方が
経済的なコストは一般に低くなる。「柔軟性の措置」と言われることも。
==============
◇地球温暖化をめぐる国際交渉の歴史◇
1987年 国連「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」
が「持続可能な開発」を提唱
1988年 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)設置
1989年 オランダで大気汚染と気候変動に関する閣僚会議開催
1990年 IPCC第1次報告書公表
1992年 気候変動枠組み条約採択
ブラジルで地球サミット開催
1994年 気候変動枠組み条約発効
1995年 同条約第1回締約国会議(COP1)開催
1997年 京都市でCOP3開催。京都議定書採択
2001年 IPCC第3次報告書。21世紀末に、地球の平均気温は最高5.8度上昇
米国が京都議定書からの離脱を表明
COP7で議定書の運用ルール最終合意
2002年 EUが京都議定書批准
日本が京都議定書批准
南アフリカで環境・開発サミット開催
2004年 ロシアが京都議定書批准
2005年 京都議定書発効
カナダで京都議定書第1回締約国会議開催
2007年 21世紀末に地球の平均気温は最高6.4度上昇とIPCCが予測
独ハイリゲンダム・サミットで「50年に世界の排出量を半減」が共通認識
インドネシアのCOP13で、京都議定書後の削減枠組みを
09年までに決定することで合意
http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2008/01/14/20080114ddm010040145000c.html
0 件のコメント:
コメントを投稿