(サイエンスポータル 7月18日)
野口 健 氏(アルピニスト)アルピニストとは、登山家というよりごみを拾う人と思われている。ファンにサインを求められ、エベレストのことを書いたら、
山に登っているんですかと聞かれた。8年間ずうっとごみ拾い。
特に環境を考えていたわけではなく、人が少ない山を登っていたので、
それほど汚している気がしなかった。
1997年、初めてエベレストに行き、1シーズンに3,000人という
人の多さとごみの多さに驚いた。
氷河の隙間や溶けた部分の至る所に、空き缶やヘリの残骸などがある。
食べ物や缶は、どこの国のごみかよくわかる。
一緒だった
国際隊のヨーロッパの人に、日本人はマナーが悪いとしかられた。悔しかったが、あまりにも日本のごみが多くて言い返せなかった。
過去は仕方がないが、日本人が拾えば良いと思った。
そうして2000年から始めた。
清掃をする8,000メートルの高さはとても空気が薄く、
ヘリコプターがプロペラを回しても浮かなくて、ヘリでごみを降ろせない。
酸素ボンベを背負って10キロのごみをザックに入れると、動けなくなる。
少し拾っては運んで降ろし、何度も繰り返す。本当にしんどかった。
最近ヒマラヤは、温度が高くて雪崩が起き、かなり危ない。
シェルパを説得して行ってもらったけれど、その間3人が亡くなり、
仲間を失っても続けるか葛藤した。
その後、僕自身が体を壊し、責任問題を考えた。
ネパールは、貧しい国で環境のことを考える余裕がなく、
すごい抗議がくると思った。
でも、やめようと言ったとき、30人ぐらいの人たちがシーンとなって、
一人が最後までやろうと言ってくれた。彼はこう言った。
「自分たちの村やカトマンズも、ごみだらけだと気づいた。ネパールのシンボルのエベレストを徹底的にきれいにすることで、ネパールを変えよう」。一度本気でごみを拾うと、毎日歩いている道でも違う角度から見るので、
いろいろなことに気づく。
亡くなったシェルパの家に謝りに行くと、奥さんはどうか続けてほしいといった。
生前その人は、「お父さんはエベレストをきれいにするために
一生懸命頑張っている。お前が大きくなるころ、
エベレストはとってもきれいになっている」と赤ちゃんにと語りかけていた。
この春にうれしいことがあった。
25歳のシェルパが、自分たちですると言ってくれた。
それまで僕がお金を集めていたが、地元の人が動いてバトンタッチした。
登山隊では、きれいにするのがドイツやデンマーク、北欧など。
そういう国はきれいだ。
捨てるのは日本やアジア側。
エベレストで活動しながら、日本の社会に足りないのは何かと考えた。それは環境教育だった。そのことを考えてほしくて、エベレストで集めたごみを
ほとんど持ち帰って展示した。
温暖化で、エベレストの氷河が大きく変化している。数年前は6月ごろ、今年は4月中旬に溶けて水が流れてきている。
氷河湖が大きくなって表面だけ凍り、決壊して洪水になる。
シェルパたちがすむ麓の村は、1時間ぐらいで
ほとんどが流されてしまうことが分かった。
地球全体のことを個人で何ができるかしばらく苦しみ、
まず知ってもらおうといろいろなところで発表した。
非常に僕はラッキーだった。
第1回アジア・太平洋水サミットで、洪水のことを訴えた。
ヒマラヤの周りのインド、バングラデシュ、ブータンの環境大臣が集まった。
死におびえながら何とかしてくれと願う現場の思いと、
政府のリーダーの意識がどれだけ1つになれるか不安だった。
頭より心で理解することが大事、スピーディになる。水サミットから洞爺湖に引き継がれていく。
氷河からどう水を抜くか、専門家が派遣されて調査がやっと始まった。
また、氷河が溶けてバングラデシュに巨大な洪水が起きている。
昨年と今年2回、同じ場所で調べたら、岸が削れて
川が500メートル広がっていた。
学校は奥に仮設、1,200人から今年は600人に減った。
3月ツバルに行ったら、海面が上がり、ヤシの木がどんどん倒れている。
地球温暖化は誰が招いたかは難しいが、彼らはCO2をそれほど排出していない。いわば日本や大国のツケを払っている。環境問題は、国境がないとしみじみ感じた。
子どもが、大人の社会を動かした小笠原諸島の例も紹介したい。
小中学生が、島のごみの状態を地図に書き込み、村長の所に行った。
費用の問題があった。こどもたちは、村中に啓発のポスターをはった。
村長が折れ、村で車の撤去活動が始まった。
富士山では、100人が2,000人、昨年は6,000人になり、
5合目から上はごみがない。人が集まれば、できないと思うことができる。
登山家と冒険活動は環境活動にそっくりで、
いつもピンチがあり気持ちが負けると遭難する。
環境問題も、伝えることを諦めず輪を広げて下さい。
環境メッセンジャーになって、この3日間のことを、
ぜひ自分の国に帰ったら広めてください。
Never give up!◆野口 健 氏のプロフィール:米国ボストン生まれ。高校時代に登山を始める。
1999年、エベレストの登頂に成功し、
7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。
2000年からはエベレストや富士山での清掃活動を開始。
全国の小中学生を主な対象とした「野口健・環境学校」を開校するなど
積極的に環境問題への取り組みを行っている。
現在は、清掃活動に加え新たに地球温暖化に対する取り組みに
力を入れている。
http://www.scienceportal.jp/highlight/0807.html