2007年11月7日水曜日

筑波大学名誉教授・村上和雄 アルコール依存症の原因遺伝子

(毎日新聞 2007.9.25)

筑波大学名誉教授・村上和雄

近年、女性のアルコール依存症が急増している。
我が国の飲酒人口は、6000万人超。
「酒は百薬の長」といわれるように、適正な飲酒の効用は医学的にも証明。
ストレスの軽減、総死亡率や心血管系疾患の死亡率を低下させる効用も。

一方、その害は深刻である。
アルコールの害は、臓器に障害をもたらすにとどまらず、
飲酒運転の悲惨な事故や、家庭の崩壊などを引き起こす場合も。
アルコールによる行動傾向は、親から子へと伝播、「世代間連鎖」を引き起こす。
アルコール依存者を親に持つ子供は、心に傷を負いやすい。
親の飲酒や暴力を毛嫌いしながらも、大人になると同じ行動をとったり、
親と同じ行動傾向のある配偶者を選んだりする。

特に問題なのは、母親の飲酒。
妊娠中や授乳期に酒を飲むと、胎児や乳児へ直接影響がおよび、
胎児性アルコール症候群という知能の発達障害が起こる可能性も。
妊娠中は情緒が不安定になることもあって、
従来の飲酒習慣からアルコールを口にする母親は少なくない。
胎児は、たとえ微量でも、母親の胎盤からそのまま吸収され、
文字通りアルコール漬けの状態に。

≪たばこより4倍強い依存度≫

アルコールという物質はなぜ依存症を生みやすいのか?
サルを使った実験によると、酒はたばこより4倍以上も精神依存度が高い。
モルヒネは、アルコールとほぼ同様。
いかにアルコールへの依存状態から脱却しにくいかが分かる。

アルコールに依存しやすい人と依存しにくい人がいる。
酒を飲める人は依存しやすく、酒を飲めない人は依存しようがない。
いわゆる上戸と下戸。

依存しやすい体質と依存しにくい体質の違いは、遺伝子に原因が。
アルコール依存症の遺伝子が先ごろ見つかった。
発見したのは、米ワシントン大学医学部の精神医学教授ダニエル・ディック博士。
アルコール依存や乱用の度合いが高い人は、この遺伝子の数が多い。
アルコール依存症になる素質は、遺伝的要因によって決まる。

しかし、アルコール依存症の遺伝子を持つからといって、
その人が必ずしも依存症になるわけではない。
その人が酒を飲まなかったら、依存症にはならないからだ。
飲める・飲めないは遺伝子が決めても、飲む・飲まないは自分が決める。
アルコールを絶対口にしないという意志が、生得の遺伝的要因に勝る。
人は、遺伝子にのみ左右される存在ではないということだ。

このことは、私の研究分野である心の働きと遺伝子の相互関係にも通じる。

≪遺伝子のスイッチをオフに≫

アルコール依存症からの回復は、その精神依存度からして非常に困難。
従って、家族や周囲の者は、本人と共に断酒会に参加するなどして、
酒を断つ意志を生涯持ち続けるように働きかけていく努力が必要。

そんな自助グループの一つに、AAというグループがある。
スピリチュアルなアプローチを、依存症からの回復に役立てている。
AAの設立には、精神分析学のカール・G・ユングが関与。
ユングは、重いアルコール依存症でAAの設立者となった人物に言う。
「あなたは、医術や精神医療ではどうにもならない。
スピリチュアルな体験、真の転換を体験すれば、回復可能かもしれない」。

酒を断つような環境をつくり、依存者が助け合うような場を整え、
そして、いま生かされていることに感謝できるような心になれば、
依存症に関与するさまざまな遺伝子のスイッチをオフにすることが可能と考える。

http://sankei.jp.msn.com/life/body/070925/bdy0709250602000-n1.htm

0 件のコメント: