(毎日 11月18日)
「そうそうたるメンバーが一堂に会し、熱い議論が交わされた」、
「今後のRNA(リボ核酸)分野の広がりを感じさせる素晴らしい1週間」。
米国・キーストンで05年1月に開かれ、数百人が参加した国際シンポジウム。
多比良和誠・東京大大学院教授(当時)は、専門誌で会場の様子をこう記した。
皮肉にもこのシンポジウムが、多比良氏に対する論文不正疑惑の発端に。
多比良氏は、前年に英科学誌「ネイチャー」に、
短い2本鎖RNAをヒトの細胞に入れると、
核の中で遺伝子の働きを抑制できたとする論文(後に取り下げ)を発表。
一方、ほぼ同時期に米国の研究者が異なる手法で同じ結果を出した論文を発表。
両者が招かれ、それぞれの論文をテーマに講演するはずだった。
多比良氏は、論文の核心には踏み込まず、具体的なデータも示さなかった。
外国の研究者から、「論文の手法では核内にRNAを導入できず、
うまくいかないはずだ」など批判的な質問が相次いでも、
多比良氏は明確に答えなかった。
「お茶を濁すような対応で、会場が騒然となった」。
日本RNA学会は05年4月、多比良氏の論文12本を検証するよう東京大に求めた。
4本を調査した東京大は06年3月、「信頼性はない」と結論を下した。
根拠となる実験ノートや生データは存在せず、実験結果を再現できなかった。
捏造などは確認できなかったが、大学は06年12月、
「科学の発展を脅かし、大学の名誉を傷つけた」などとして、
多比良氏と実験を担当した川崎広明助手(当時)を懲戒解雇。
多比良氏は、処分について「『再現性のない論文』とまでは断定できず、
過去の処分事例と比較しても重すぎる」と主張。
大学に教授職の地位確認などを求め、東京地裁で係争中。
調査委員長を務めた松本洋一郎・同大学院工学系研究科長は、
「生データや実験ノートがなく、正しさを説明できないこと自体が
科学の世界では“不正”だ」。
近年、東京大や大阪大、早稲田大など日本を代表する大学で、
研究者の論文不正疑惑が相次いで発覚。
だが、科学の世界では、意図的でないミスで
間違った結論を導いてしまうことも少なくない。
不正かどうかの認定は容易ではない。
「ミス」と「不正」をどう見分けるか?
専門分野が細分化した現在、その役割を果たすことが期待されているのは、
各分野の専門家集団である学会。
しかし、06年の日本学術会議の調査によると、回答した国内610学会のうち、
倫理綱領を策定していたのは93学会(策定中を含む)、
倫理に関する常設委員会を持っていたのは74学会。
日本分子生物学会は昨年12月、研究倫理委員会を発足。
きっかけは、杉野明雄・元大阪大教授が昨年、
染色体の複製に関する論文でデータを捏造したとして受けた懲戒解雇処分。
倫理委は現在、杉野氏の論文を過去にさかのぼって検証。
一研究者の業績を、学会がここまで徹底的に洗い直すことは極めて珍しい。
委員会設置を決めた前会長の花岡文雄・大阪大教授は、
「日本の学会には、仲間の批判を躊躇する雰囲気があり、
取り組みが遅れた。だが、科学が間違った方向へ行ったのなら、
その分野を一番理解している専門家が正さなければならない。
捏造の背景や、見過ごされてきた原因も含めて明らかにする責任がある」。
http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2007/11/18/20071118ddm016040148000c.html
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