(医療維新 8月13日)
医師不足についての現状認識と一連の改革について、
末松氏に話を聞いた。
――医師の需給をめぐる現状について。
医師養成数の抑制という1997年の閣議決定が見直され、
増員の方針に転換したのは、一つの見識。
医師の仕事の量や難易度が大きく変化した。
インフォームド・コンセントや医療倫理など知っておくべき知識が
質的・量的に変わった上、サブスペシャリティー領域の知識や
技術の習得のためのトレーニングのあり方が、
時間も、また労力の面でも大きく変わった。
6年間の医学部教育、卒後研修の中で、医師がリアルタイムに
学ぶべき医学・医療の情報量が以前と比べて格段に増えている。
様々なことを勉強し、訴訟などのリスクも抱え、
専門化・多様化したニーズに応えなければならない
――こうした現状に、25年前と医師数に関する考え方が同じでいいのか?
医師の数を増やさなければいけないのは、一般論として正しい。
基礎医学を支える医師人材の慢性的不足の問題も。
――基礎医学や社会医学に従事する医師の養成も必要か。
日々の臨床に加えて研究も志すという、モチベーションやポテンシャルが
高い学生が本塾医学部にはたくさん来る。
医学部の卒業生100人のうち、数人が基礎医学を目指すのは非常に健全。
社会医学系を目指す学生も。
昔は医局に入ると、その医局に何もかも一生お世話になるのが一般的。
これからは、自分でキャリアパスを選択し、社会の要請や自身の考え方の
変化により、自分で仕事を選べる時代になるべき。
私自身も、卒後9年間は消化器内科の臨床をやっていたが、
基礎研究に転向した。
基礎と臨床の同時両立は不可能だが、
論理的な考え方を研究を通じて学んでいくことは、
基礎研究でも臨床研究でも極めて重要なこと。
患者さんの視点で物事を考え、異なる背景や経験を持つ複数の医療スタッフが
集学的に患者さんを支える「グループアプローチ」は極めて重要。
そのような考え方を、若手の医師に理解してもらうため、
若い医師のキャリアパスを考え、選択自由度と育成プログラムの柔軟性を
高める視点が求めらる。
医学部を卒業した段階で進路を選択し、一生かかってその道を
極めるのもいいが、臨床から基礎に転じるだけでなく、
同じ診療科の領域でも異なる病院を経験したり、
新しい診断技術を習得するために転科するなど、
“ヘテロ”な医療人材の存在理由を理解する医師が
そのフィールドで活躍できるようにすることが重要。
結果として、医療の質の向上につながり、患者にフィードバックできる。
――以前とは仕事の量や質が異なり、医師のキャリアパスの多様性を
担保するためには、医師の数は必要。
その通り。
しかし、単に数を増やすだけでなく、大学間の人材育成システムの競争を
健全な形で促していく必要。
日本では、クリニカル・リサーチに従事する医師やコメディカルの人材も
非常に少ない。
患者さんへの啓発活動を通じて、臨床研究への協力が医学の発展に
寄与するという考えを普及させていく責務がある。
医師の仕事への絶対的ニーズと多様性は年々拡大し、
様々な場で医師の潜在的不足がある。
医師数だけでなく、システムの問題が大きい。
システムが、旧来のままの状態で単に医師の数だけ増やしても、
抜本的な問題解決にはならない。
――ここでいう「システム」とは、何を意味しているのか?
卒前卒後一貫の医師養成のあり方、若手医師のキャリアパス選択の
柔軟性や待遇の改善など。
今は、地方で医師が足りない、だから医学部定員を増やそうという話。
医師不足の地域で、仕事をする医師の支援や「振興策」ならいいが、
医学部入学の段階で「地域枠」といった形で医師の進路を決める、
政策誘導的に特定の診療科の医師の増員をすることは本当に妥当か。
本当に地方に定着するのか、医師のモチベーションを保つことが
本当にできるのか、熟考する必要。
大学医学部・医科大学は、真剣にシステム変革を考えなければいけない。
地域中核病院と大学医学部双方が医師不足の地域は、本当に厳しい。
しかし、地域の中核病院には、ある程度医師がいるにもかかわらず、
その地域の大学医学部では医師不足に陥っている地域もある。
このような場合、大学医学部の医師の育成の制度を再検討する必要。
――どんな医師を養成し、いかなるキャリアパスを提示するかが重要だが、
大学が取り組んでこなかったのか?
時代の変化に応じたシステムの変革に、必ずしもポジティブではなかった。
医学を志す人は、ますます大学を注意深く選択する時代になっていく。
各大学が、彼らに選ばれるために精一杯の工夫をしていく必要。
――具体的には、慶應義塾大学では、どんな改革を実施されているのか?
今年度から、若手医師支援策として様々な改革を実施。
学祖である北里柴三郎博士から受け継いでいる使命は、
「Physician Scientist」を養成し、「基礎・臨床一体型の医学の実践」。
サイエンスが分かる医師、新しい技術を作る医師、自分で考え開発し、
それを実用化につなげることができる医師の養成が使命。
こうした道を選択するのは全員ではないが、
「レシピ通り作れる」医師ではなく、新しい「レシピ」を創造し、デザインし、
ブラッシュアップできる医師の養成を目指す。
その理念を貫くため、大学院における若手医師への研究支援策。
慶應の場合は、他大学とは異なり、大学院大学ではない。
医学部・医学研究科が一体となって、卒前・卒後一貫型の
教育・研修システムを構築。
臨床系大学院に所属する医師に、一定の基準で専門研修医として
兼業を認める制度や、大学院生に対する奨学金制度なども設定。
卒後に臨床の修練をしていた医師が、大学院に入学して研究を
一定年限やることになっても、努力次第で経済支援を受けられる仕組み。
――大学院改革はいつごろから開始したのか?
大学院改革は、2001年に信濃町キャンパス内に
総合医科学研究センターを設置した頃から始まった。
21世紀COEプログラムの支援もあり、再生医学、癌低侵襲医療などの
研究が奨励され、大きな成果を上げてきた。
競争的研究資金を獲得した研究者が時限付きのプロジェクトを
推進・展開する場所で、産官学共同の学際的融合研究が推進。
若手の医師が自分で取得した研究費で運営できるスペースを設け、
自立した若手研究者の育成環境も構築。
医学研究科には医学部出身者だけではなく、
薬学、理工学、情報科学、医療科学など様々なバックグラウンドの
若手研究者が集まってきた。
ここに集う医師は、非医学部出身者との共同研究、技術開発を
推進する機会も豊富で、学際的研究環境を醸成しつつある。
このような環境は、グループアプローチを旨とする医療の実現にも
よい効果を与えていくと期待。
――「グローバルCOEプログラム」はどんな領域で実施されているか?
一つは、生命科学プログラムである「In vivo ヒト代謝システム生物学拠点」。
医学研究科と理工学研究科、環境情報科学の3専攻合同で、
50人以上の大学院生をサポート。20人超が医学研究科。
対象とする疾患は、主として癌と感染症、それらの制御戦略を
代謝生物学的切り口で探索しようという試み。
もう一つは、生理学教授の岡野栄之研究科委員長・教授がリーダーである
「幹細胞医学のための教育研究拠点」。
全員が医学研究科を対象。5年間のプログラム。
両者は車の両輪で、医学研究を先導する若手医師の育成には不可欠。
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080813_1.html
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