(nature Asia-Pacific)
自然科学研究機構 基礎生物学研究所 生殖遺伝学研究室 田中 実 准教授
人間の社会では、「男性」か「女性」かが、単に生物学的に区別され、
役割としても明確に差別化されがち。
生物全般を見渡すと、性が不確定で揺らいでいるものも多い。
カメやワニは温度で雌雄が決まり、クマノミは体の大きさで性が変化する。
田中実准教授は、メダカでは、外見の性が「生殖細胞の有無」に
左右されることを明らかにした。
東アジアに広く生息するメダカは、体長3センチほどの淡水魚で、
流れのゆるい小川や水路などに生息。
飼育が簡単、発生過程を観察しやすい、温度変化に強いといった点から、
日本では独自のメダカ研究が進み、
東京大学の武田洋幸教授らのグループが全ゲノムの解読に成功。
メダカの性染色体は、ほ乳類と同じXとYからなり、XYがオス、XXがメスになる。
田中准教授は、脊椎動物を構成する細胞の性がどのように決まり、
生殖腺の性(精巣か卵巣か)や個体の性が最終的に決まるのかを研究。
「メダカは体のつくりが単純で細胞数も少ないが、
性分化に関わる遺伝子や基本的な機構がほ乳類と共通し、使えると思った」。
田中准教授は、2001年に、メダカの生殖細胞を可視化する技術を開発し、
その位置を生きたまま追跡する方法を見いだした。
生殖細胞は、生殖腺の他の細胞が分化するよりもかなり前に出現し、
生殖腺が形成されるべき位置に移動。
「生殖細胞の移動に関わりのある遺伝子(cxcr4)」の機能を抑制し、
生殖細胞が生殖腺にたどり着けないようにして、
オスになるか、メスになるかを、大学院生の黒川紘美さんと調べた。
メダカには、生殖細胞で特異的に発現する遺伝子に
蛍光タンパク質遺伝子を導入して、生殖細胞だけが光るように細工。
「生殖細胞のない空の生殖腺をもつメダカは、
性染色体レベルの性にかかわらず(XY のオス型、XXのメス型であろうと)、
外見がオスの形態になることがわかった」。
生殖腺はどうかというと、生殖細胞をもたないメダカは、
性染色体がXY であろうと、XXであろうと、
オスとメスの中間型の構造をもつ生殖腺に分化した。
「これまでは、生殖細胞がなくても、オス型の場合は精巣様の構造を、
メス型の場合は卵巣様の構造をもつとされていたが、そうではなかった。
中間型の生殖腺は、遺伝子発現レベルではオス型」。
生殖細胞をもたないメダカの性行動は、オス型のようにみえた。
性成熟期にみせる第二次性徴も、オス型を示した。
メダカも、性成熟期を迎えると性ステロイドホルモンが作られ、
第二次性徴が引き起こされ、ヒレの形に性差があらわれる。
「性染色体ではオス型も、メス型も、
生殖細胞のないメダカの第二次性徴は、すべてオス型を示した」。
今回の成果は、「性染色体によって性が決まる動物でも、
体細胞は雄型、生殖細胞は雌型と、細胞固有の性を示すことがわかった。
個体が自身の性を決定する際、細胞がもつ相反する性を、
いずれか一方へと制御することが重要ではないか」という、
性分化の新しい概念を打ち出すことになった。
「魚類などにみられる性転換は、体細胞と生殖細胞の性の制御機構を
変えることでおきるのかもしれない。
性現象のおもしろさは、『ゆらぎ』にある。
決まってしまわないことが、ある生物にとっては重要。
『ゆらぎ』の基盤が、ヒトなどのほ乳類にもあるのか?
性の原理を追究していきたい」。
メダカによるこうした基礎研究が、ヒトの性分化異常や性同一障害などの
解明にも生かされることを期待したい。
http://www.natureasia.com/japan/tokushu/detail.php?id=72
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