(読売 5月1日)
午後6時、気温はマイナス1度。馬も人間も、吐く息が白い。
ドイツ北西部は3月下旬でも、まだ寒い。
「1、2、1、2……。もっとリズムを作って」。女性指導員から声が飛ぶ。
馬上の少女は14、15歳。
ほおを真っ赤にしながら乗馬を続けていた。
ノルトライン・ウエストファーレン州中部の町ワーレンドルフ。
馬術協会、オリンピック委員会馬術支部(DOKR)、国立乗馬学校。
歴史を感じさせる古い建物と厩舎が立ち並ぶ。
全国地図に載っていない人口4万人足らずの小さな町が、
ドイツ馬術界の聖地。
DOKRには、馬術を志す少年、少女が各地から集まり、指導を受ける。
厳しさの中に、ときおり笑顔も交じる指導風景。
過去に34個の金メダルを獲得した強さの秘密が、ここにある。
「ドイツ人のまじめな性格や我慢強さは、乗馬に向いている。
馬の育成に時間がかかる」。
力説するのは、前回のアテネ五輪馬場馬術団体で金メダルを獲得した
フベルトス・シュミット。
五輪で唯一動物が参加する馬術は、いかにいい馬を育てるかが勝負。
馬をリラックスさせ、柔らかく動かす騎乗に定評があるシュミットは、
馬に乗ること以上に育てることが、ドイツ人に合っているという。
DOKRで少女が乗っていたライトポニーは、
小型馬のポニーを他品種と掛け合わせ、
子供の乗馬用にわざわざ作られた品種。
種付け、売買、調教。
すべてが産業として成り立ち、いい馬を生み出す土台に。
ブリンクマン・グループといえば、バスケットボール界のナイキのような存在。
乗馬服のピカー、乗馬用品のエスカドロンを中核に、
複数の高級ブランドを傘下に従え、年商はグループ全体で
2億4000万ユーロ(約390億円)。ドイツ代表の制服も請け負う。
グループ代表のウォルフガング・ブリンクマンさんは、
「馬術から学んだのは、人を信頼すること。
それがなければ、サッカーをやっていた」。
やり手のビジネスマンとは思えない温和な表情。
1988年ソウル五輪で団体優勝した後、補欠選手に
個人の出場権を譲った美談でも知られるが、
「僕らの時代は、馬術はみんなで助け合う団体スポーツだった」。
現在も、週末は各地で“草馬術”の大会が開かれ、
10歳足らずの子供から大人までが技術を競う。
ドイツの人々が馬に注ぐ優しい視線。それこそが強さの秘密。
http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2008/feature/continent/fe_co_20080501.htm
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