2008年1月21日月曜日

どんな医療の形がいいのか、客観的に議論するのは存外難しい

(m3.com)

養老孟司

健康な人は、医療を求めていません。
病気にならないと、本当に求める医療については実感しないし、わからない。
医療に関して議論しても、患者さんの実情にあてはまらないことが多い。

どんな医療の形がいいのか――、客観的に議論をするのは難しい。
たとえば、自殺者が増えたとたん、日本人男子の平均寿命が縮んじゃった。
平均寿命の統計数値には、医療ではなく、社会状況のほうがはるかに影響。
医療は、もう測るべきものではないほどに煮詰まっている。

では、患者さんが医療に対して求めているものは何かと言えば、
ある種のアメニティというか、快適さだと思います。
楽に死なせてくれるのがいい医療――そんな気持ちを持つ方も多い。

日本社会が、「世間」の評価に敏感である側面が、客観的議論を難しくさせる。
「お年寄りをあんな目に遭わせて」と言われたくないので、
家族は、「できるだけのことをしてください」と医師に言ってしまう。
医師も、意味があるなしにかかわらず、できるだけの治療をする。
老人医療費が、全医療費の半分近くを占める。
核家族化が進んだ現代では、老人の面倒を医療機関に見てもらう傾向が強く、
医療が福祉を背負ってもいる。
こんな状況で、国民の求める医療の形を考えてみても、
ケース・バイ・ケースですから、結論は出ません。

求める医療の形は、国ごとに、社会状況を映して違ってくる。
社会階層がはっきりしている国では、階層ごとでも違ってくる。

「医療崩壊-『立ち去り型サボタージュ』とは何か-」という本を読んだが、
イギリスの医療が、医療崩壊の例に。
予算が切れたから、今年はもう患者は診ないという病院が出てきた。

これは医療崩壊なのか――
僕は、ちょっと違う見方をしたほうがいいんじゃないかと思う。
診療に最善を尽くすことが、社会全体から見て、どれぐらいのメリットがあるか――、
そうした視点がイギリス人はかなりシビアなんですよ。

僕は、イギリス人の国民性を話すときに、「コベントリーの空襲」を例に。
第2次大戦中、イギリス情報部がナチの暗号を解読し、
コベントリーという町が空襲されるのを知った。
でも、政府はいっさいの情報を漏らしませんでした。
結局、コベントリーは空襲を受け、かなりの人が死にました。
しかし、イギリス人が戦後、その事実について文句を言った話は聞きません。
コベントリーの被害と、暗号を解読しているとドイツ側にわかってしまうことで
生じる被害を秤にかけ、冷静に判断をしている。
日本人は、そうした冷静な客観性を持っていない。
日本で同じケースが起きたら、人々に知らせて町が空になり、
たちまち暗号を読んでいるとわかっちゃう。

医療を根本的なところで「良くなった」、「悪くなった」と言うときに何で測るか――
日本では、客観的な基準がはっきりしていない。

患者さんのニーズに基準を置いたら、客観性など求めようもない。
ホテルならば、お客さんの数で比較できますが、
患者の数で医療機関を比較するのは、日本の健康保険制度に矛盾する。
何を持ってして、いい医療、悪い医療と言うのか、
おっしゃっている方にうかがいたいですね。

http://www.m3.com/tools/Healthpolicy/chapter3/index.html

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