2008年9月8日月曜日

「博士が選ぶ有望技術」連動記事 井村裕夫氏インタビュー

(日経 8月24日)

井村裕夫・先端医療振興財団理事長

―どんな技術分野に注目?

ナノテクノロジーを用いて、生命科学を研究するナノバイオロジーに着目。
日本は、伝統的に化学の技術に強みがあるが、化学分野にとどまらず、
バイオや環境など他分野にどう結び付けていけるかがカギ。

ヒトゲノムに個人差があることがわかったが、病気との関係など、
さらに詳しく調べるには、技術開発が重要。
技術的には数年以内に、1人の人間の30億ある塩基配列を読んでしまう。
1人1人が自分の遺伝子を知って、病気の予防や治療をすることが可能に。

京都大学の山中伸弥教授が作製に成功したiPS細胞を活用して、
再生医療を施せば、薬では治らない病気が治るかもしれない。
実現には技術開発が必要で、iPS細胞を効率よく作る方法を、
ナノテクを使って研究することが不可欠。

機器・材料開発も重要で、この分野の実用化には企業が役割を担う。
三菱化学などの化学会社、東レや帝人など繊維会社も取り組んでいる。
東レは、透析に使う膜といった医療材料、
海水を淡水にするイオン交換樹脂などが強く、砂漠地域の需要は高い。
日本の製薬会社も、もともと化学分野は強い。
天然資源を持たない日本は、常にハイテクを進化させないといけない。

―iPS細胞の研究はどんな企業が進めるのか?

日本の大手製薬会社は、iPS細胞を今すぐ再生医療に役立てるという
視点よりも、病気の原因究明に用いて、薬の開発に使おうとする。
例えば、筋萎縮性側索硬化症の発症原因はほとんどわかっていない。
患者の皮膚からiPS細胞を作って神経線維に分化させれば、
どこに異常があるのかわかり、治療につながる。
再生医療は、まずベンチャー企業が先鞭をつけて、
大きな市場が見込めそうになった段階で、
大手製薬会社が乗り出してくる構図。

―医療機器分野は日本が遅れている。

内視鏡や超音波など一部を除いて、血管に入れる管であるカテーテルや、
血管を広げるステント、心臓ペースメーカーなどはすべて輸入に頼っている。
1つは、規制の問題。
3つの医療部品が薬事法を通るのに1年半かかるなど、
5週間で通過する米国と差がある。

もう1点は、安全性に対する一般の人の意識の差。
医療事故が起こると、医療機関や医療機器を作った会社は
集中砲火を浴びる。
技術力は十分あるのに、会社のイメージダウンにつながるのを
恐れて手掛けない。
日本人の30%がガン、40%は心臓病や脳血管の病気で死亡する。
放射線、粒子線、カテーテルなどの医療機器は、
需要の面からも開発が求められている。

―iPS細胞を使って不老不死は可能か?

大阪の経済界での講演後に、財界人から200歳まで生きられませんかと
聞かれた。可能かもしれないが、
「会社に行ったら、歴代社長が相談役として30人座っていて、
家に帰ると6代くらい前からのおじいさんとおばあさんが
座っているところで生きたいですか?」と問い返したら、大笑いに。
生物は、生きていくと体が老化して機能が落ちてくるため、
次の世代を作る。
死んでいかないと食べ物がなくなるので、次の世代が生きられない。
ある所でバトンタッチしないと、いけないのだ。

むやみに寿命を延ばす医療は医療費がかさむだけで、目指さない方がいい。
痛みの軽減や、麻痺で動けない人向けの補助器具開発といった
QOL(生活の質)向上を志向すべき。

<井村裕夫氏 略歴>
1954年京都大学医学部医学科卒。医学博士。神戸大、京大医学部教授、
同学部長、総長を経て、現在は先端医療振興財団理事長。
科学技術振興機構研究開発戦略センターの主席フェローとして、
最先端の生命科学技術を、迅速に臨床に応用できるための
新たな仕組みを提言。

http://veritas.nikkei.co.jp/features/12.aspx?id=MMVEw2006022082008

0 件のコメント: