2008年9月17日水曜日

野口 健 氏「人が集まればできる」

(サイエンスポータル 7月18日)

野口 健 氏(アルピニスト)

アルピニストとは、登山家というよりごみを拾う人と思われている。
ファンにサインを求められ、エベレストのことを書いたら、
山に登っているんですかと聞かれた。8年間ずうっとごみ拾い。
特に環境を考えていたわけではなく、人が少ない山を登っていたので、
それほど汚している気がしなかった。

1997年、初めてエベレストに行き、1シーズンに3,000人という
人の多さとごみの多さに驚いた。
氷河の隙間や溶けた部分の至る所に、空き缶やヘリの残骸などがある。
食べ物や缶は、どこの国のごみかよくわかる。

一緒だった国際隊のヨーロッパの人に、日本人はマナーが悪いとしかられた。
悔しかったが、あまりにも日本のごみが多くて言い返せなかった。
過去は仕方がないが、日本人が拾えば良いと思った。
そうして2000年から始めた。

清掃をする8,000メートルの高さはとても空気が薄く、
ヘリコプターがプロペラを回しても浮かなくて、ヘリでごみを降ろせない。
酸素ボンベを背負って10キロのごみをザックに入れると、動けなくなる。
少し拾っては運んで降ろし、何度も繰り返す。本当にしんどかった。
最近ヒマラヤは、温度が高くて雪崩が起き、かなり危ない。

シェルパを説得して行ってもらったけれど、その間3人が亡くなり、
仲間を失っても続けるか葛藤した。
その後、僕自身が体を壊し、責任問題を考えた。

ネパールは、貧しい国で環境のことを考える余裕がなく、
すごい抗議がくると思った。
でも、やめようと言ったとき、30人ぐらいの人たちがシーンとなって、
一人が最後までやろうと言ってくれた。彼はこう言った。
「自分たちの村やカトマンズも、ごみだらけだと気づいた。
ネパールのシンボルのエベレストを徹底的にきれいにすることで、
ネパールを変えよう」。

一度本気でごみを拾うと、毎日歩いている道でも違う角度から見るので、
いろいろなことに気づく。
亡くなったシェルパの家に謝りに行くと、奥さんはどうか続けてほしいといった。
生前その人は、「お父さんはエベレストをきれいにするために
一生懸命頑張っている。お前が大きくなるころ、
エベレストはとってもきれいになっている」と赤ちゃんにと語りかけていた。

この春にうれしいことがあった。
25歳のシェルパが、自分たちですると言ってくれた。
それまで僕がお金を集めていたが、地元の人が動いてバトンタッチした。
登山隊では、きれいにするのがドイツやデンマーク、北欧など。
そういう国はきれいだ。
捨てるのは日本やアジア側。

エベレストで活動しながら、日本の社会に足りないのは何かと考えた。
それは環境教育だった。
そのことを考えてほしくて、エベレストで集めたごみを
ほとんど持ち帰って展示した。

温暖化で、エベレストの氷河が大きく変化している。
数年前は6月ごろ、今年は4月中旬に溶けて水が流れてきている。
氷河湖が大きくなって表面だけ凍り、決壊して洪水になる。
シェルパたちがすむ麓の村は、1時間ぐらいで
ほとんどが流されてしまうことが分かった。

地球全体のことを個人で何ができるかしばらく苦しみ、
まず知ってもらおうといろいろなところで発表した。
非常に僕はラッキーだった。
第1回アジア・太平洋水サミットで、洪水のことを訴えた。
ヒマラヤの周りのインド、バングラデシュ、ブータンの環境大臣が集まった。
死におびえながら何とかしてくれと願う現場の思いと、
政府のリーダーの意識がどれだけ1つになれるか不安だった。

頭より心で理解することが大事、スピーディになる。
水サミットから洞爺湖に引き継がれていく。
氷河からどう水を抜くか、専門家が派遣されて調査がやっと始まった。

また、氷河が溶けてバングラデシュに巨大な洪水が起きている。
昨年と今年2回、同じ場所で調べたら、岸が削れて
川が500メートル広がっていた。
学校は奥に仮設、1,200人から今年は600人に減った。
3月ツバルに行ったら、海面が上がり、ヤシの木がどんどん倒れている。

地球温暖化は誰が招いたかは難しいが、
彼らはCO2をそれほど排出していない。
いわば日本や大国のツケを払っている。
環境問題は、国境がないとしみじみ感じた。

子どもが、大人の社会を動かした小笠原諸島の例も紹介したい。
小中学生が、島のごみの状態を地図に書き込み、村長の所に行った。
費用の問題があった。こどもたちは、村中に啓発のポスターをはった。
村長が折れ、村で車の撤去活動が始まった。

富士山では、100人が2,000人、昨年は6,000人になり、
5合目から上はごみがない。人が集まれば、できないと思うことができる。
登山家と冒険活動は環境活動にそっくりで、
いつもピンチがあり気持ちが負けると遭難する。
環境問題も、伝えることを諦めず輪を広げて下さい。
環境メッセンジャーになって、この3日間のことを、
ぜひ自分の国に帰ったら広めてください。Never give up!

◆野口 健 氏のプロフィール:
米国ボストン生まれ。高校時代に登山を始める。
1999年、エベレストの登頂に成功し、
7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。
2000年からはエベレストや富士山での清掃活動を開始。
全国の小中学生を主な対象とした「野口健・環境学校」を開校するなど
積極的に環境問題への取り組みを行っている。
現在は、清掃活動に加え新たに地球温暖化に対する取り組みに
力を入れている。

http://www.scienceportal.jp/highlight/0807.html

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