2008年8月18日月曜日

東京大学医学部長・清水孝雄氏に聞く

(医療維新 8月7日)

政府は、従来の方針を180度転換、「医学部定員増」を決定、
文科省から定員増に関して各大学に通知。
ところが、「文科省の通知を見て、落胆した。
110~120人程度の増員を予定していたが、再検討を余儀なくされた」と、
東大医学部長の清水孝雄氏は問題視。

2004年度の国立大学の法人化以降、大学運営は厳しく、
「教育、研究、臨床の質を落としてはいけない。
現状では、定員を増やす余裕はあまりない」

――一連の医師養成数をめぐる議論について。

医学部の定員増を認めたのは、非常に大きいこと。
「当面、過去最大数まで増やす」という方針は、貴重な一歩。
わが国の人口当たりの医師数は、OECD諸国に比べてまだまだ少ない。
この「一歩」に期待したが、文科省の通知を見て落胆、
予定の大幅な変更を検討せざるを得ない。

――なぜ文科省の通知を見て、落胆したのか。

第一は、「(過去最大数と現在の定員の差である)約500人増やす」
となっているが、地域枠の約200人分が既に入っており、
実質的な増員分は約300人すぎない。
地域枠は10年という期間限定で、これとは別枠で500人を増やすべき。

第二は、医師不足は、地方や特定の診療科に限らない。
基礎医学に従事する医師が減っている。
東大では、多い時は1学年25人が基礎医学に進んでいたが、現在は数人。
他大学でも同様で、これは日本の医療にとって危機。
法医学や病理などの医師も不足。
しかし、地方や特定の診療科での医師不足対策としての定員増に。

第三は、医学部の定員増には、教員・職員の増員や設備の改修などが
必要で、経費もかかる。
しかし、その担保、予算的な裏付けが一切明記されていない。

本当に、東大として医学生を増やすべきなのかどうか、
どんな立場を取るべきなのかを真剣に考えていく必要がある。
東大の場合、定員増は、医学部だけではなく、
駒場(教養)の先生なども関係する問題。
様々な要素を勘案しながら、検討していく必要。

国がどれだけ経済的支援をするのか?
来年度の予算に、「特別枠」として約3000億円ある。
これを全額、医学部の定員増に充てる必要はないが、
医学部定員を増やす年に、使わないでどうするのか。
「とにかく定員を増やせ。(予算などは)何とかする」、
という話ではスタートできない。非常に危ないこと。
「落胆」したのは、東大に限らず、他大学の医学部長も同様。

――当初はどの程度を予定していたのか?

当初は、110~120人への増員を予定。
現状の体制では難しく、教員・事務職員の増員や設備の改修を前提。
10~20人増は、1~2割増やすことに相当、解剖室などの改修は必須。

教育や研究の質を落とさず、臨床も高度なことをやらなければいけない立場で、
そんなに多く増やせる状況にはない。
東大は、研究を重視する一方、東大病院の外来は1日約4000人、
約1100床の病床はほぼフル稼働。

大学院化したのは1996年、医学系研究科には現在、
以前の2.5倍の1学年約250人の大学院生。
教員のポストは、2004年の国立大学法人化以降、減少。
医学部と病院の事務系職員も、大幅な削減を強いられている。
経営的にも厳しく、運営費交付金は毎年1%、病院はそれプラス2%減。
建物を建てる際にも、国が出すのは3分の1、残りは自分たちで調達。
東大病院の建築費用の借金は、毎年70億円近く返済。
経営努力が求められ、研究や教育へのしわ寄せが、東大ですら来ている。

従来、医学部発の論文数は年々増えていたが、3年前からほぼ横ばい。
経営が重要になり、臨床に取り組まなければならず、
結果的に研究に割ける時間が減ってきている。

――「110~120人への増員」は、5年後にはまた考え方が変わるのか?

臨床実習や講義、解剖の設備は、100人の学生数を想定したサイズ。
医学部定員増を図るには、教員・事務職員の増員、
設備の大幅かつ抜本的な改修、予算上の手当、
これらすべての壁をクリアしなければ無理。

抜本的に変える政策を国が打ち出さない限り、
医学部定員増は簡単に乗れる話ではない。
何の手当もなく、医学生の数だけを増やしたのでは、教育の質の低下に。
一人でも多くの医師、基礎や臨床の研究医、社会医学に従事する医師を
育成したいと思うが、現状ではほぼ限界に近い。

東大では、来年から臨床教員の制度を導入予定。
従来の医局と関連病院との関係性を改め、
大学が関連病院と契約してネットワークを組み、
共同して教育・研修に取り組むことなども検討。
現実的な数字として、110~120人という定員を想定。

――定員増は、国が打ち出した施策であり、十分な予算を付けないのはおかしい。

文科省は、「医学部定員を増加させてあげるから、そのために努力せよ」
という形。本来、発想は逆ではないか。

――文科省への定員提出の締め切りは9月22日。

大学としても予算が分からないと、どの程度、定員を増やすかは言えない。
予算上の担保を条件に、要望を出すことになる。
「医学部定員増」は、春から議論され、正式に決定したのは6月末、
2010年度からの定員増を予定。
しかし、「500人増」の中で、実質的な増員分は300人。
2009年度分の申請で、一杯になってしまうことが予想。

急いで話を進め、2009年度から増員する必要はあるのか。
医学部定員を増やしても、その効果が出るのは早くて6年後。
次年度からの実施にし、各大学がじっくり検討、調整する形でもよかった。

http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080807_2.html

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