2008年1月19日土曜日

理系白書シンポジウム・東京&大阪:新しい価値の創造、多様性の尊重から(その1)

(毎日 1月4日)

理系白書シンポジウム「イノベーションを育む風土とは」が開催。
基調講演では、黒田玲子・東京大大学院教授が、
イノベーションの源は基礎研究の多様性や人材育成が鍵を握ると指摘。
パネルディスカッションでは、第一線の研究者らが新たな価値やシステムを
生み出すための課題を討議。
(コーディネーター:斗ケ沢秀俊・毎日新聞科学環境部長、
塩満典子・お茶の水女子大教授、吉田均・ブラザー工業プリンシパル)

◇失敗恐れず、挑戦する意欲を後押し

斗ケ沢 まず、イノベーションをどう定義すべきか?

塩満 技術革新だけではなく、さらに広く、壁を壊し新しい価値を創造すること。
企業では製品開発、研究では科学的真理の発見。
支援面の制度改革を含め、現場からのニーズに対応した、
新しいもの、アイデア、方法を作り出すこと。

吉田 企業としては、技術、製品の革新は、生き残りに必要。
会社寿命の長い企業は、社会変化に合わせ、技術開発や収益性の高い分野に
集中するなど、常に自己革新を試みている。

井手 大学は、特許など知的財産を生み出さねばならないが、どうやるかが問題。
イノベーションとは、TLO(技術移転機関)へのお金のばらまきのように感じる。
米国のまれにしかない成功例を見た大学発ベンチャーは、ほとんど失敗。
イノベーションは、その延長線上で使われている。
大学でのイノベーションとは、物づくりや製品開発だけでなく、
教育と密接に結びつくべき。

斗ケ沢 イノベーションのとらえ方は同じではない。
核になるのは、創造的破壊を伴う新しい価値の創造。

永山 価値も、幅広い。
科学ってとても面白い、ドキドキする、楽しいという観点も含めてほしい。

斗ケ沢 人材育成はどうしたらよいか?

井手 学生には、「教えることはできない。本人が学ばねばならない」と。
私の役割は、「学ぶ」場を作ること。
いろいろな専門、国籍の学生を、同じテーブルでコミュニケーションをとる。
まず、隣の人と話すこと。
日本では、同じ教科書を使い、先生も同じ教科書を使う。
これでは、均一なレベルの学生は育っても、多様性は育たない。
法人化後も、大学の先生は文部科学省の言葉をそのまま受ける。
大学の先生の意識改革も必要。

塩満 企業側の求める人材と、大学で育てる人材でミスマッチがある。
博士号取得者は、大学での研究職を目指すが、需給にギャップが。
社会には、イノベーションを必要とする分野は多い。
博士で得た専門知識や思考力は、社会でも生きる。
科学を伝えられる研究者が育つことが、現状打破に必要。
大学院教育は、イノベーションの土台。

斗ケ沢 再挑戦とはどのようなものか?

吉田 私の最初のプロジェクトは、失敗だった。
インクジェット複合機に搭載する計画で、高性能ヘッドの開発を進めたが、
性能やコスト面で折り合わず、当初の目標の複合機搭載は断念。
その後、作り方、構造をがらっと変えた。
追い詰められたら、知恵が出た。
失敗を反面教師として、どうして駄目だったか原因を見極めた。
失敗すると、「なぜ?」がたくさん出てくる。
課題への対応能力、解決に導く力も生まれる。
そうした力をどう身につけるか?やはり場数だろう。
研究開発の過程には、いろいろなステップがあり、
部下の一人一人に課題を見つけさせ、定められた期間で解決させる。
課題解決には前向きな姿勢と、やり切る強い意志が必要。

斗ケ沢 イノベーションにとって科学技術が重要だが、理科離れが指摘。

永山 とても根源的な問題。
科学・技術に対する印象を変え、存在感を高めるよう意識変革すべき。

吉田 ブラザー工業は、「親子ものづくり教室」を開催。
当社製品のラベルプリンターを親子で組み立てたり、
ハンダ付けしてものづくりを体験してもらう。
技術者の父が、職場で何をしているか、子どもたちに見てもらう。
自分たちでできる身近なことから取り組んでいる。

斗ケ沢 次に、多様性をどう生かせばよいか?

井手 京都大工学研究科に、女性教授はゼロ。
社会システムが不十分なため、女性研究者の活動には障害が多すぎ。
しかし、研究の世界への女性進出で、日本の競争力の質は高まる。
解決方法としては、職場や大学に女性研究者雇用義務を課す。
大学では、女性教授を2割以上にしないと、研究費を出さないというのは。

塩満 同じタイプの人ばかりで議論しても気付かないことは多い。
米国の論文数が多いのは、世界各国から優秀な人材が集まるのも一因。
日本では、研究機関の外国人はまだまだ少ない。
「女性は科学に向かない」と発言した米ハーバード大のサマーズ学長は
すぐ退任したが、日本は女性研究者の活用や育成に消極的。
文理融合も含め、多様性こそイノベーションを育むと認識し、方向転換が必要。
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◇変化に柔軟な対応--吉田均・ブラザー工業プリンシパル

プリンシパルは、高度な専門知識・技能を持ったプロの管理職。
私は、自動車メーカーを経て入社。
ブラザーは非常に自由な職場で、入社直後、上司から
「あなたの席はここです」と言われただけで、何をしろという指示もない。

そこで、一人で各事業部の開発チームを回り、コンピューターを設計段階で
生かすCAEという解析技術を使った製品開発に取り組んだ。
その後、プリンターのヘッドの解析をやり、開発全般に携わるようになった。

ものづくり企業のイノベーションとは、社会情勢の変化に柔軟に対応して、
付加価値の高い新製品をタイムリーに提供していくこと。
もし、当社がミシンだけにこだわっていたら、今のような成長はなかった。

イノベーションを生み出すのは当然、人である。
何が問題なのかを考える人、前向きに解決案を考え行動する人、
意欲と勇気を持っている人。いわゆる自律型人間だ。

では、そのような人間を育む企業風土とは何か?
失敗しても再挑戦でき、成果のみを評価しない制度、
社員一人一人に合った仕事を提供すること。

◇前例主義を超えて--塩満典子・お茶の水女子大教授、学長特別補佐

イノベーションには、創造性が重要。
創造性の三つの重要な要素は、創造的な思考ができる方法論を持っているか、
専門知識が十分か、意欲を育てているか。

創造的な集団には、明確な目標があり全員がそれを認識している、
締め切りがある、上下や先例で縛らない、多様性を容認するなどの特徴。
日本には、前例主義、集団思考、長いものには巻かれろ、という言葉があり、
かつては創造性を発揮するのは難しかった。
しかし、イノベーションを育むためには、ここを変えていかなければ。

私は、多様性を許容するという観点から話したい。
女性研究者の活躍や人材の国際性という点。
日本では、女性研究者の割合が低く、職位が上がるほど少なくなる。
外国からの留学生の割合も、
経済協力開発機構(OECD)平均の半分以下の2・8%。


多彩な人材が集まることによる知的触発が大切。
人材を量質ともに確保することが重要。
量や質が一定以上にならなければ、イノベーションは育めない。
異なる価値観、意見、性別、国籍、年齢などの多様性に寛容で、
それを奨励することが必要。
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◇よしだ・ひとし
名古屋大大学院修士課程機械科修了。自動車メーカー勤務を経て、
ブラザー工業入社。流体シミュレーションソフト開発、製品の構造解析に従事後、
インクジェットプリンターヘッドの開発を担当。
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◇しおみつ・のりこ
東京大理学部卒業。ハーバード行政院修士。科学技術庁に入り、
ライフサイエンス、原子力政策などを担当。
奈良先端科学技術大学院大教授、内閣府男女共同参画局参事官など歴任、
07年7月から現職。

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2008/01/04/20080104ddm010040064000c.html

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