2008年6月30日月曜日

[第2部・豪州](下)公平精神で先住民支援

(読売 6月12日)

イアン・ソープ(25)が、先住民アボリジニの子供たちの支援を始めたのは、
同じ豪州人なのにフェアじゃない、というスポーツマンらしい正義感から。

「2002年にアボリジニ共同体を訪れ、生活水準の低さに衝撃を受けた。
平均で17年も違う寿命の短さにも。
僕は(五輪で)豪州を代表したのに、こんな現実を知らなかった。
一生かけても、問題を改善したいと思った」

不公平感は、身をもって体験済み。
「自分が誰かを、否定されるような経験だった」。
昨年3月、ソープの薬物検査が、男性ホルモンと性腺刺激ホルモンに
異常値を示したと報じられた。
8月に豪反ドーピング機関、11月に国際水泳連盟が、
自然要因だったとして終結を宣言。

ショックと吐き気の暗闇で、一つ心に残った出来事があった。
発覚後の豪州世論調査で、90%以上が「無実と信じる」と回答。
ソープが栄養補助剤も使わないほど、薬嫌いだったことや、
支援活動に熱心なその人間性を、人々が知っていたから。

ソープが03年に始めた「若さの泉」運動は、
辺地の先住民の子供たちに本を貸し出す制度を作り、
親を巻き込んだ読書・識字教育を進めるもの。
遠隔地にプールを作る試みもした。

遠隔地の共同体を訪れるたび、先住民文化や生活の知恵の深さに驚く。
ある時、池で泳いでいると、子供たちが、ワニがいるよと笑った。
人食いでも知られるイリエワニが、淡水に住んでいるという。
「蛇でもワニでも、どこにいるかが直感で分かるんだ。
いや、最高速度で泳いで上がったよ」。
計5個の五輪金メダルを持つ、世界記録保持者は笑う。

スポーツは、子供たちとの笑顔をつなぐだけでなく、
社会にメッセージを送る手段に。
シドニー五輪では、陸上女子四百メートルで優勝したアボリジニの
キャシー・フリーマンの走りが、すべての豪州人の思いを一つに。
豪州の歴史では、スポーツが象徴する公平さが、社会や文化の特徴。
豪州では、スポーツの影響力が強く、選手の主張を多くの人が尊重してくれる」

政権が代わり、1970年代まで続いた強制隔離政策で、
親から引き離され自分のルーツを失った先住民の人々に、
ラッド新首相が正式な「謝罪」を行った。
3月には、アボリジニの生活を向上させ、寿命の差を縮める
諸施策の公約が与野党によって調印。
国会議事堂で開かれた式典に、ソープはフリーマンとともに立会人として招待。

「子供の瞳に希望を見たいよね。どんな子供たちでも」。
ソープが目指す次の頂点は、スポーツを超えたところにある。

http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2008/feature/continent/fe_co_20080612.htm

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