2008年3月25日火曜日

細胞内小器官の中心子がもつ「9」の謎を解く

(nature Pacific-Asia)

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 廣野雅文准教授

膜のカプセル内に「おりたたまれたさらなる膜構造」をもつミトコンドリア、
鏡餅のようなかたちのリボソーム……。
私たちの細胞内には、実に不思議なかたちをした小器官がいくつもある。

「中心子」とよばれる小器官もまた興味深い。
「微小管」という細い管が、決まって9本、美しい円筒状に配置した構造

なぜ「決まって9本」なのか?どうやって「円筒」ができるのか?
中心子の形成メカニズムを探ることで、謎の解明への糸口。
中心子は、被子植物や菌類以外の多くの真核細胞にみられる構造で、
光学顕微鏡では小さな顆粒として観察。

顆粒は、9本の微小管が並んでできる円筒形の構造(9回対称性構造)。
機能は、細胞骨格の形成に働く「中心体」を形づくることと、
べん毛や繊毛の基底部となること。
中心体は、細胞分裂の間期に糸のような微小管を放射状に伸ばし、
分裂期になると2つに分かれて紡錘体を形成。

基底部の中心子は、9本の微小管をさらに伸長し、べん毛や繊毛を作り出す。
中心子は、「微小管構造を形成するための司令塔」としてはたらく。
「べん毛をもつクラミドモナスという単細胞緑藻を使って
中心子の研究ができないか考えていたが、1997年に環境が整った」。

中心子形成の研究には、突然変異体を使った遺伝学解析が欠かせないが、
クラミドモナスはべん毛を使って接合するので、
べん毛がなくなる中心子変異体は次世代を残せなくなってしまう。

ところが、アメリカのあるチームがべん毛をもたないクラミドモナスを
接合させることに成功し、廣野准教授もその技術を伝授。
解明すべき謎は2つ。
第1に、「あらゆる生物の中心子がなぜ9回対称形なのか」、
第2に、「どのようにして9回対称形がつくられるのか」。

「正常なクラミドモナスの中心子ができるようすを電子顕微鏡でみると、
カートホイール(車輪の意味)という傘の骨のような放射状構造が現れ、
その後に各骨の先端に微小管ができる。
9本の骨からなるカートホイールが足場とるために、
9回対称になるのではないかと思われるが、
一方で、カートホイールよりも微小管の方が先にできるという報告も」。

廣野准教授は、中心子が全くできなくなってしまう変異体を単離し
bld10変異体(bldは毛をもたない:bald)」。
変異の原因を追求した結果、カートホイールに局在するあるタンパク質
(Bld10タンパク質)がなくなっているためであることを突き止めた。
遺伝子導入により、「末端を削ったさまざまな長さのBld10タンパク質」を
bld10変異体に発現、末端の一方(C末端)を35%ほど削った場合に、
中心子ができてべん毛を生やす細胞と、中心子ができずべん毛を
生やさない細胞が混在。

カートホイールの骨が短く、微小管8本からなる「8回対称形」を示す中心子
が多くみられた。
「カートホイールの直径と円周が短くなったために、
円周上に9本の微小管が並べなくなったからではないか」。
廣野准教授は、カートホイールがなくなり、中心子の微小管が7〜11本までの
いずれかの本数になる(9回対称性を失った)変異体を単離し、
「bld12変異体」と名付けた。

「bld12変異体の原因遺伝子は、線虫のSAS-6遺伝子と同じ。
SAS-6遺伝子は中心子形成に必須と考えられていたが、そうではなく、
カートホイールの9本の骨が放射状に配置されるのに必要」。

ただし、bld12変異体には9回対称性を維持しているものも多く、
9回対称性に関与する因子はカートホイールのほかにもある。
カートホイールが、中心子の微小管形成の足場となっていたことが明らか。
第二の謎は解明されつつある。

残されたのは「なぜ9回対称なのか」という問題だが、
「カートホイールの軸に、9の起源がある。
カートホイールがどのようにして9本の骨をもつようになるのかを探れば、
答えがみつかるかもしれない」。

原核細胞にはない中心子は、生物進化の重要な鍵を握っている。
中心子の数の異常が細胞のがん化につながり、医学的にも注目。
「複雑な構造がどのようにして組み上がるのか」。
廣野准教授の謎解きが続く。

http://www.natureasia.com/japan/tokushu/detail.php?id=84

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