2007年12月3日月曜日

粗食長寿説(3)『養生訓』が導いた誤り

(毎日 2007.11.12)

仏教の伝来により、食肉を禁止する思想がかなり定着した。
日本は、食肉を禁止しても、沿岸では魚介類に恵まれ、
気候風土が米作に適していた。
ヨーロッパなどは稲を作る条件に恵まれず、麦を作ることしかできなかった。

植物性食品のうち、大豆のタンパク質のアミノ酸構成がベストで、米が次ぐ。
日本人は、食肉の不足をこの2つの食品で必死に補ってきた。

非公式には、食肉を摂っていた。
肉食を意味する薬食(くすりぐい)などという言い方も。
また、ウサギはトリとみなし、1羽、2羽…と数えて食べた。
トリは禁止されていなかった。
東北地方のマタギ族は、日本には珍しい狩猟部族。

国民の栄養源となるには、あまりにも少ない食肉の摂取量。
平均寿命は、江戸時代にも30歳代とされ、
間引きなどを考慮すると20歳代であった可能性も。

支配者階級は、質素・倹約を下級武士や農民に押しつける必要。
江戸幕府の武家諸法度などよい例。
“まずいものを食べ、一生懸命働くのが長寿につながる”という
粗食長寿説もこのような時代背景の中から出現。

イデオローグ(理論的唱導者)の代表が、貝原益軒(1630~1714年)。
彼は、江戸初期の儒学者で、父が黒田家の医官であり、
医学に対する深い見識をもっていた。
1713年、『養生訓』を完成。
この本は、食事、運動、酒の飲み方、性生活にわたる幅広い健康読本。
後世に大きな影響を与え、現代にも通ずる内容を含んでいる。

しかし、過食の戒めは書いてあっても、粗食の害は書いていない。
上級武士や富裕な商人など、特権階級のために書かれた健康読本である。
この時代、米を主食にしていたのは特権階級のみで、
下級武士や農民は、ヒエ、アワ、麦、イモを主食にしているのが一般的。

『養生訓』には、“肥えると、脳卒中になりやすい”と。
しかし、昭和30年代の日本の農民でさえ、
“やせていて”高血圧の人が脳卒中になるのが普通。
『養生訓』が、いかに特殊な階層の人々を観察し、
その人々のために書かれたものであるかが分かる。

低栄養の民衆にまで、「もっと生臭いものを遠ざけ、もっと働けば長生きする」と、
『養生訓』は信じ込ませてしまった。

(桜美林大学大学院老年学教授 柴田博)

http://sankei.jp.msn.com/life/body/071112/bdy0711120802000-n1.htm

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