2007年12月6日木曜日

理系白書’07:第3部・科学者の倫理とは/2 ロボット研究と軍事転用

(毎日 11月4日)

受話器を取ると、カタコトの日本語が聞こえてきた。
「ちょっと話を聞かせてほしい」。
数年前、筑波大の山海嘉之教授(49)の研究室にかかった1本の電話。
相手は、「某外国の軍事関係者」。

山海教授は、ロボット工学や脳神経科学、情報科学などを融合させた
「サイバニクス」の第一人者。
当時、歩いたり、物を持ち上げたりする人間の動作を補助する
ロボットスーツ「HAL」の開発に取り組んでいた。

身体障害者や高齢者、介護者の役に立ちたいという思いからの研究。
筋肉を動かそうとすると、脳から筋肉に神経を伝わって微弱な電流が流れる。
この電流を体外から読み取り、筋肉の動きを助けるように装着した機械を
動かそうと考えていた。

だが、電話を受けたのは、このアイデアをまだほとんど公にしていない時期。
「なぜ、研究内容を知っているんだろう」。
山海教授は驚いたが、
「私の技術は人間を助けるためのもの。軍事利用に興味はない」と断り、電話を切った。
似たような接触は、今でもときどきある。

米国は、軍や国防総省が積極的にロボット研究に乗り出している。
米カーネギーメロン大ロボット研究所の金出武雄教授(62)は、
「『軍関係のカネはもらわない』という研究者もいるが、少数派。
軍事というより国防という意味で、社会からの要請がある。
一番の目的は、人的被害を減らすことだ」。

国防総省の高等研究計画局(DARPA)は、
ロボットや通信、画像認識などの技術開発や基礎研究に
年間約30億ドル(3500億円)を拠出。
金出教授も、DARPAの計画に参加し、ビデオ映像から自動的に
人物の顔を認識できる技術などの開発に取り組む。
空港や駅などでテロリストを見つけるのに有効だが、
監視社会化やプライバシーの問題が懸念。

金出教授は、「あらゆる技術は、もろ刃の剣。
研究者には一市民以上の責任があり、いち早く危険性を指摘したり、
悪用されないよう手を尽くさなければならない。
だが、技術をどう使うか、何が『悪用』なのかは結局、社会が決める。
20年以上米国に住んでいるが、米社会にはその判断力がある」。

「HAL」が完成に近づいた04年、
山海教授は事業化のためベンチャー企業を設立。
技術が流出しないよう、製品はレンタル方式。
買収を防ぐため、資金は議決権のない株式だけで調達。
個人で持っていた特許は、すべて大学に寄付。
税務当局は、この特許の価値を13億円以上と査定。

「技術が社会に与える影響が大きくなり、研究のテーマそのもの、
研究の手法が問われる。考えられる限りの策を講じるのが研究者のモラル」

テレビ番組の収録で、岡山市の出身小学校を訪れた山海教授は、
児童にHALを紹介した後、1本のビデオを見せた。
ロボット兵器ともいえる米国の無人偵察機が、
地上で地雷を埋めようとしていた人間を攻撃する映像。
3人の人影が吹っ飛ぶと、子供たちは無言で息をのんだ。

「何か意見ある?」と問いかける山海教授。
「ゲームみたいに一瞬で人を殺すなんて」、
「お金のある国なら何機も作れるから、ますます強くなる」、
「ロボットを悪用する人の心には暗い世界しかない」。
山海教授は涙ぐんでうなずいた。
「HALにも同じことが言えるかもしれないんだよ」

山海教授は、この番組の収録を振り返る。
「米国の子供なら、攻撃の場面で『Cool(すごい)!』と叫ぶかもしれない。
(原爆を開発した)マンハッタン計画では、優秀な科学者がわれ先に集まった。
今の日本はまだ、技術で人をあやめることに国民がノーと言える。
その良識を失ってはならない」。

科学技術は、人々の暮らしを便利に豊かにする一方、
使い方によっては悪影響も及ぼす。
科学者や技術者は、自らが開発した技術の使われ方に、
どこまで責任を負うべきなのか?
この点が問われているのが、「ウィニー裁判」。

匿名性の高いファイル交換ソフト「ウィニー」を開発・公開した
元東京大助手の男性が、著作物の違法コピーを助長したとして
著作権法違反のほう助罪に問われ、昨年12月に有罪判決(控訴中)。
ウィニーを巡っては、音楽や映画の違法コピーやコンピューターウイルス
による情報流出が社会問題に。

男性は、「純粋に技術的な検証が目的だった」と主張したが、
判決は、「技術自体は価値中立」と認めた上で、
違法かどうかは「現実の利用状況やそれに対する認識などによる」。
利用者の多くが、著作権を侵害するであろうことを認識しながら
ウィニーを公開していたことを「独善的かつ無責任」と非難。

判決について、研究者の間で賛否が分かれる。
生殖補助医療や遺伝子操作など他の分野も含め、
研究者は、技術が社会に与える影響に無関心ではいられないことを浮き彫りに。

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