2007年12月5日水曜日

理系白書’07:第3部・科学者の倫理とは/1 産学連携で収入・保有株申告

(毎日 10月28日)

防衛費を上回る額となった科学技術予算。
研究者同士や分野間の競争が激化し、
論文捏造や研究費の不正など負の側面が現れ始めた。
生命操作技術や情報技術など、社会的に影響の大きな技術も
現実のものとなり、人々の価値観を一変させかねない事態も。
科学者は、社会にどのような責任を負うのか?
社会は、科学技術をどう律していくべきなのか?
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「金もうけのためじゃない。技術発展や日本経済への貢献のためにやっている。
なぜ、懐具合まで探られなくてはならないのか」。

東北大の西沢昭夫総長特別補佐は、学内の説明会で、
ある教員からこうかみつかれた。
共同研究や技術移転先の企業からの収入額や株の保有状況を、
大学に申告してほしいと求めたから。

東北大は、実学志向が強く、企業との連携に積極的。
05年には、1企業から年間100万円以上の収入があれば
自己申告するという学内ルールを定めた。
企業との金銭関係の透明性を高め、個人の利益を目的にしているとの
疑惑を持たれないようにするため。

だが、教員たちの理解が進んだとは言い難い。
西沢さんは、「『先生たちの善意が誤解されないよう、社会に説明するため』
と話しても、けんか腰になる人もいる。
悪いことをしていると、疑われていると感じるようだ」。

日本の大学では、「金もうけはうしろめたいこと」という意識が根強い。
しかし、産業の国際競争力低下に危機感を抱いた政府は、
国策として産学連携を促進する方針。
98年には、「大学等技術移転促進法(TLO法)」が施行。
研究成果の社会還元は、教育、研究に続く大学の「第3の責務」に。
98年度に148社だった大学発ベンチャー企業は、1500社超(06年度)。
企業の共同研究実績も、06年度で約1万2000件(98年度の5倍増)。

一方、産学連携が進めば進むほど、研究者が利益を優先し、
教育や研究という本来の業務がおろそかになる「利益相反」が生じかねない。
どの程度なら許されるのか?

文部科学省は、利益相反への対応方針と学内の体制整備のモデルをまとめ、
各大学に自主的な取り組みを求めた。
国立大学など92機関のうち、60機関が利益相反への対応方針を作成。

方針を持つ大学では、企業から得た報酬や謝金などの金銭的利益、
株の保有状況などを、教職員に定期的に申告。
学内の専門委員会が内容をチェックし、必要があれば改善を求める。
だが、申告させる金額の線引きは、各大学でまちまち。
統一された基準がないため、現場には戸惑いも。

岩手大は04年、全国の大学に先行して対応方針をまとめた。
大学の規模は大きくないものの、
研究成果を商業化する大学発ベンチャー企業は20社。
生産量日本一の雑穀を使ったパン、植物研究から端を発した解析技術など
地域振興と深く結びつく。

だが、役員を兼務する教員の多くは、企業から報酬を得ていない。
学内ルールでは、兼業も報酬も認められているにもかかわらず、である。
同大地域連携推進センターの対馬正秋・技術移転マネジャーは、
「米国なら、教員は休職してベンチャー社長に専念するから、
大手を振ってもうけることができる。
日本では、大学教員と社長の二つの顔を持つため、
『(本業をおろそかにして)もうけている』と後ろ指さされるのを気にする」。

インフルエンザ治療薬「タミフル」は、
服用後に起きる飛び降りなどの異常行動との関連が問題。
副作用を調査する厚生労働省研究班の班員の所属する機関に、
タミフル輸入販売元の中外製薬の寄付金が支出されていたことが発覚。
「調査の中立性が損なわれるのではないか」と議論。

研究班は、患者約2万5000人を調査する計画。
厚労省は、400万円しか準備しなかったため、
班員の所属機関が中外製薬から寄付を受け、一部を研究にあてることに。
同省も了解していた。
ところが寄付の存在が報道されると、寄付を受けた3人を研究班から除外。

国立大学への企業からの寄付金は、TLO法施行以降増加。
文部科学省によると、06年度の総額は660億円で、98年度の1・4倍。
利益相反ルール作りを促す指針を策定した検討班の班長、
曽根三郎・徳島大ヘルスバイオサイエンス研究部長は、
「大学の多くが、企業からの奨学寄付金を受け取り、
一線の研究者ほど利益相反状態に置かれる。
タミフルも利益相反状態だった。だが、利益相反=悪なのではない」。

実際、企業から寄付を受けた科学者が、
その企業の利益になるような行動を取る可能性はあるのか?
米国の消費者団体が、米食品医薬品局(FDA)の諮問委員会の
審査を調べたところ、企業から研究費を受けている専門家は、
むしろ、その企業に厳しい投票をする傾向。

曽根さんは、「研究者が専門的知識を生かすことは、国民の利益につながる。
研究者を排除するのではなく、参加させて、
ルール違反した場合にきちんと処分する制度を整備すべき」。

しかし、ルール作りは遅れている。
78の大学医学部のうち、利益相反ルールを定めたのは22に過ぎない。
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■坂口力・元厚労相に聞く

元厚生労働相の坂口力衆院議員は、タミフル問題をめぐる
厚生労働省の対応について、厚生労働委員会で「看過できない」とただした。
研究者と企業からの寄付金について聞いた。

◆産学連携の進展に伴い、企業から研究機関への寄付が増えています。


最近の研究者は、産業界とタイアップしなければ、研究を進められない。
国立大学が法人化され、地域産業との連携が求められる。

◆タミフル問題では、企業からの寄付金が問題視されました。

タミフルの副作用は、販売する製薬会社が調べるべき。
それを厚労省研究班が引き受けたうえ、予算が非常に少なかった。
研究班は、自分で工面するしかなく、
タミフルの販売会社からの金しか使えなかったという構図。
厚労省は、研究者だけを悪者にして、
「企業から金をもらっている先生にはもう頼みません」と、幕引き。
これはおかしい。
厚労省が想定外の問題を研究班に投げたのだから、
研究班の先生にしてみれば迷惑な話。
厚労省が責任を持って処理すべきだった。

◆「企業からの研究費ももらっていない研究者に、
専門的なことが分かるのか」との指摘も。

企業から、個人で報酬やコンサルタント料のような金をもらっている場合、
研究への参加を見送るべきケースはある。
しかし、所属する大学などの組織が寄付金を受け、研究者に配分している
場合まで、研究に参加できないとするのは行きすぎでは?
組織が研究費を配分する段階で、企業の色は消されている。
大学が企業から寄付金を受けることが特別ではない今、
企業の寄付金を受け取っていない組織の研究者はいない。

◆透明性を確保した産学連携のため、何が必要でしょうか。

産学連携に参加する企業側は、当然「利益」を目的に。
臨床試験などでは、企業からの財政支援によって進められてきた。
そのような現実を認めたうえで、利益によって結果がゆがめられたり、
研究者が不適切な利益を得ることがないようなルールを作るべき。
現在、役所や大学で個別にルール作りが進んでいるが、
バラバラなルールになることは、かえって国民を混乱に。
研究と企業からの金の関係について、国全体でルールを作ることが必要。
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◇利益相反

産学連携活動に伴って、教職員や大学が得る利益(兼業報酬、未公開株式など)と、
教育・研究という大学での責任が衝突。
教職員が企業に負う職務遂行責任と、大学での職務遂行責任が両立できない状態。
法令違反ではないが、社会から不信を持たれる可能性も。
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■人物略歴 ◇さかぐち・ちから

65年三重県立大学大学院医学研究科修了(医学博士)。
69年三重県赤十字血液センター所長。72年衆院議員初当選。
00~04年まで厚生、厚生労働相。73歳。

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2007/10/28/20071028ddm016040088000c.html

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