2010年12月21日火曜日

フロンティア:世界を変える研究者/12 前近畿大水産研究所長・熊井英水さん

(毎日 11月30日)

◇試行錯誤のマグロ養殖--熊井英水さん(75)

「うちで生まれたマグロが産卵しました」
02年6月、出張先で受けた電話に、
「間違いないか?隣のいけすから、
タイの卵が流れてきたんじゃないな?」と何度も念を押した。
32年にわたる挑戦が実を結び、世界で初めて
クロマグロの完全養殖に成功した瞬間。

研究所が設立された48年当時、学会では、
「(養殖は)学問でなく技術だ」と批判。
「海を耕す」をモットーに、研究所はヒラメやタイなどの養殖を次々成功。
58年、就職した熊井さんの目は、自然と「海のダイヤ」クロマグロに向いた。

70年に研究が始動。
しかし、マグロの生態はなぞだらけだった。
ある漁師が、「(幼魚の)ヨコワはすぐ死ぬ」と警告したとおり、
ヨコワを1年以上生存させられるようになるまでに5年。
その幼魚が初めて産卵したのは、さらに4年後。
その卵がふ化して育ち、産卵する「完全養殖」を目指したが、
ふ化後47日で全滅した。

成熟を促すビタミンEを餌に混ぜたり、空気銃を使って
ホルモン注射も試してみたが、産卵は途絶えてしまった。
「来年こそ、と期待しては失敗の繰り返し」が続いた94年、
ようやく産卵が再開。
しかし今度は共食いを始め、いけすの網にぶつかって全滅した。

マグロは、水中の酸素を取り込むため、猛スピードで泳ぐ。
調べた結果、進むための尾びれより、ブレーキ役の胸びれや
腹びれの発達が遅いことが分かった。
沿道の車のライトが当たるだけで、パニックを起こして
網に激突することも判明。
「試行錯誤のおかげで、マグロの生態研究が進んだ。
ただでは転びません」

パニック防止に常夜灯を設置し、共食い防止のため、
体長別にいけすを分けるなど工夫した結果、
翌95年以降の卵は、ふ化して生殖能力を持つ大きさまで成長。
完全養殖に大きく前進した。

「近大マグロ」のブランドで04年から出荷し、
07年には養殖業者向けのヨコワ販売をスタート。
今では、全国の養殖用ヨコワの1割に当たる約4万匹を出荷。

海のない長野で育った。
高校2年の時、学校の部活動で三重県・答志島を訪れ、
プランクトンや甲殻類を観察した。
「すべてが珍しく、海に恋した」。これが原点だ。
研究所のマグロは、一匹一匹顔が分かる。
立場上試食する時以外、「愛着がありすぎて」口にしない。

日本の食卓に上るマグロをすべて養殖で賄うのも、
夢ではなくなりつつある。
卵から成魚に育つ確率はまだ0・5%だが、
「将来的に遺伝解析で問題ないと分かれば、自然放流もしたい」
と夢は広がる。
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◇くまい・ひでみ

1935年長野県生まれ。58年広島大水畜産学部卒。
91~08年、近畿大水産研究所長。現在は近畿大教授。
専門は水産増殖学。
国の「グローバルCOEプログラム」で、
「クロマグロ等の養殖科学の国際教育研究拠点」リーダーを務める。

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2010/11/30/20101130ddm016040033000c.html

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