2008年4月15日火曜日

治療への応用、二つの壁 新万能細胞iPSの真価/5止

(毎日新聞社 2008年4月12日)

「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を作った山中伸弥・京都大教授が
記者に背を向けた。インタビュー中の出来事。
言葉に詰まり涙をこらえていた。
「患者の期待を、どう受け止めているか」と質問したとき。

「患者さんからの問い合わせが増えた。切実なものばかりだ。
臨床応用はまだ遠い。患者さんの1日は、僕らの1日とは違う。
気安く待ってくださいとは言えない」。
整形外科医として、難病に苦しむ患者と出会った経験が脳裏から離れない。

ヒトiPS細胞作成の成功で、多くの人が「再生医療が発展する」と考えた。
胚性幹細胞(ES細胞)には、受精卵を壊すという倫理問題、
患者と同じ遺伝情報を持つ細胞は作れないという限界。
患者の細胞から作るiPS細胞はこれらの課題を解決する、との期待。

日本再生医療学会が名古屋市で開かれ、
網膜の細胞や視細胞(理化学研究所)、毛細血管や心筋細胞(京都大)、
血小板(東京大)などをマウスのiPS細胞から作る最新の研究成果が発表。

大阪大の澤芳樹教授(心臓血管外科)は、山中教授と共同で、
iPS細胞を使う心臓病治療の研究を始めた。
ゴールに向けて、澤教授は二つの「壁」を挙げる。
iPS細胞から特定の細胞だけを作る技術と安全性の確認。
「実用化に10年はかかると思う」。

iPS細胞から目的の細胞だけを作り出す技術は、
98年に始まったヒトES細胞での蓄積がある。
しかし、ヒトES細胞を使った臨床研究は、まだ始まっていない。

iPS細胞を作るときに、遺伝子やウイルスを使う。
それが、がんにつながる恐れがある。
いったん皮膚細胞などになった細胞を、
受精卵のような状態に戻すのは、「時計を巻き戻す」行為。
細胞の持つ履歴が、完全に初期化されているのか。
成長した人の体に入れても大丈夫なのか
(勝木元也・基礎生物学研究所名誉教授)という疑いも。

位田隆一・京都大教授(生命倫理)は、
「iPS細胞は倫理問題がすべて解決済み、という前提で
研究が進められているが、本当にそうなのか検討すべき」。

iPS細胞より実用化が早いと見込まれているのは、
患者自身の体内にある幹細胞を使った再生医療。
産業技術総合研究所の大串始・主幹研究員らは、
患者の骨髄液に含まれ骨や神経、心筋などの細胞に成長する
「間葉系幹細胞」から骨の細胞を作り、治療に使う研究に取り組む。
2年後には臨床試験開始の予定。
名古屋大などのチームは、特定の種類の細胞にだけ成長する
体性幹細胞を使った治療の実用化を目指す。
「爆発的な増殖能力がない分、がん化する恐れが少ない」。

川崎市で一般市民向けのシンポジウムが開かれた。
演壇の山中教授に質問が相次いだ。
パーキンソン病は、白血病は、脊髄損傷は、iPS細胞によって治るのか?
山中教授は表情を引き締めて答えた。
「そうできるよう努力しています」。
iPS細胞研究は、今始まったばかりだ。
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◇幹細胞

ある細胞をつくり出す元の細胞。
特定の細胞にだけ分化する能力を持つ「体性幹細胞」と、
体を作るあらゆる細胞に分化できる「多能性幹細胞」に大別でき、
ES細胞、iPS細胞は多能性幹細胞の一つ。
骨髄液から採取される間葉系幹細胞は、体性幹細胞だが
いくつかの細胞に分化できることが確認。
皮膚、血液、臓器など特定の機能を果たす細胞は、
体細胞といいほとんど増殖能力を持っていない。

http://www.m3.com/news/news.jsp?sourceType=GENERAL&categoryId=&articleId=71027

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