2008年4月17日木曜日

万能細胞 iPSの奇跡(1)分化さかのぼる遺伝子発見

(2008年1月27日 読売新聞)

京都大の研究者が作り出した新しいタイプの万能細胞
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」への熱い期待が止まらない。
昨年11月の発表以来、「再生医療を一気に加速させる成果だ」と、
国の強力な支援もトントン拍子に決まった。
一方で、臓器などへ変化させる技術の開発や安全性の確保など
課題も少なくない。研究の最前線と今後を展望する。

◆拠点始動

「研究のゴールは明確。人の役に立つこと」

京都大学iPS細胞研究センター長に就任した山中伸弥教授は、
早期の臨床応用にかける意気込みを語った。
iPS細胞の登場で、再生医療実用化に向けた競争は一層激化。
同センターは、世界と渡り合うためオールジャパンの研究者が結集する
コンソーシアム(共同体)の拠点として大きな期待を担う。

◆初期化

世界の研究者がiPS細胞に注目するのは、万能性だけではない。
従来の生物学の“常識”を打ち破る存在だったから。
動物の皮膚や骨、心臓などをつくる体細胞は、
1個の受精卵が細胞分裂を繰り返し、分化(変化)したもので、
かつてはその流れは時の流れと同じ一方向のみで、
さかのぼることはできないと考えられてきた。

しかし、山中教授、高橋和利助教が2006年、マウスの皮膚から
作製したiPS細胞は、体細胞を受精卵に近い状態まで戻し、
様々な細胞に変化できる。

北沢宏一・科学技術振興機構理事長は、その衝撃を
「タイムマシンを発明したようなものだ」。

長年、多くの研究者が挑んできたタイムマシンの正体は、
たった四つの遺伝子を、ウイルスを使って皮膚細胞の
核に組み込むという非常に単純な手法だった。

山中教授のライバルの一人、米ハーバード大の
コンラッド・ホッケドリンガー助教は
「最初聞いた時はウソだろうと思った」と振り返る。

生物学では、こうした分化の流れをさかのぼることを
初期化(リプログラミング)」。

実は、初期化に成功したのは、山中教授らが初めてではない。
1996年に英国で誕生したクローン羊ドリーも、初期化のたまもの。
体細胞の核を、卵子に移植することで初期化し、
哺乳類初のクローンを誕生させることに成功。

京大の多田高・准教授らも01年、受精卵から作製した
万能細胞の胚性幹細胞(ES細胞)に体細胞を融合させる方法で、
体細胞の核を初期化した。

◆魔法の物質

山中教授らが優れているのは、タイムマシンを作る
“魔法の物質”を探り当てたこと。

山中教授らは、ES細胞の中に“魔法の物質”が含まれていることに着目。
まず初期化に不可欠と思われる遺伝子を24個に絞り、
様々に組み合わせて、体細胞に入れる膨大な実験を繰り返した。
その結果、見つけたのは、「Oct3/4」「Sox2」「c-Myc」「Klf4」の
4つの遺伝子だった。
この4つを使って07年11月、人間の皮膚からiPS細胞を作ったと発表。

しかし、同時発表となった米ウィスコンシン大のチームのiPS細胞も
4つの遺伝子を使ったが、二つが山中教授とは異なっていた。
山中教授はすぐに、がん関連遺伝子「c-Myc」を除外し、
残り三つの遺伝子だけでiPS細胞を作るのに成功したと発表。
初期化を起こす遺伝子の組み合わせは複数あり、
効率の良い組み合わせは何か、新たな研究テーマを示すことに。

山中教授は、「研究は走り出したばかりだ」。
iPS細胞の成功は、医学への応用だけでなく、
生命の神秘を解明する手がかりとしても注目。

◇染色体の構造 「緩める」働き

山中教授が見つけた魔法の物質にはどんな働きがあるのか?
「Oct3/4」、「Sox2」は、ES細胞の未分化な状態の維持にかかわり、
iPS細胞作製にも必須の遺伝子。
「c-Myc」、「Klf4」は、がんの促進や抑制にかかわる遺伝子で、
Oct3/4などを助けて初期化を促す。

皮膚細胞が万能細胞に変化する仕組みは、まだ不明だが、
カギとなりそうなのは、「クロマチン」と呼ばれる染色体構造の変化。

クロマチンは、二重らせん状のDNAが、体細胞の核の中で、
小さく折りたたまれている基本構造。
多田准教授は、「未分化の細胞では、このクロマチン構造が
緩んだ状態になっている」と指摘し、
4つの遺伝子が緩める働きをしているとみている。

<万能細胞に関する主な出来事>
1981年 英国のエバンス博士らがマウスのES細胞を作製
1996年 英国のウィルムット博士らがクローン羊・ドリーを誕生させる
1998年 米ウィスコンシン大のトムソン教授らがヒトES細胞を作製
2001年 京都大の多田高助手(当時)らがマウスES細胞と
       細胞融合すると体細胞の核が初期化されることを示す
03年 京都大の中辻憲夫教授らが、国内初のヒトES細胞を作製
04年 韓国ソウル大の黄禹錫(ファン・ウソク)教授(当時)らが
     ヒトクローン胚からES細胞を作製したと発表
06年1月 ソウル大が、黄教授の論文は捏造と調査報告
   8月 京都大の山中伸弥教授らが、
       マウスの皮膚細胞からiPS細胞を作製したと発表
07年11月 山中教授らと、トムソン教授らがヒトiPS細胞作製の成功を
        同時発表
   12月 米マサチューセッツ工科大などがiPS細胞を使って、
        貧血症のマウスの症状を改善することに成功したと発表

http://www.yomiuri.co.jp/science/ips/news/ips20080127.htm?from=goo

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