2010年9月27日月曜日

京都大学 品川セミナー 「免疫の不思議-なぜ免疫の病気は先進国で増えているのだろう-」

(2010年9月16日 読売新聞)

◆再生医科学研究所 坂口志文所長

再生医療は、壊れた臓器を再生し、治療につなげることだが、
免疫が自分の体を攻撃する病気では、
何をターゲットにするかが重要。

1型糖尿病は、インスリンを作る膵臓の細胞がリンパ球によって破壊。
膵臓細胞を再生しても、すぐそばからリンパ球が壊すわけだから、
ターゲットにすべきは膵臓ではなく、リンパ球。
関節リウマチも同じで、変形した骨や軟骨をいくら再生しても、
根本的な治療にはならない。

リンパ球とは、体内を網の目に走るリンパ管や血液中を流れる
免疫細胞で、二つに大別。
一つは胸腺で作られるT細胞、もう一つは骨髄で作られるB細胞。

病原体から体を守ってくれるが、自分の体を壊す自己免疫病を
起こしたり、花粉に反応して炎症を起こす花粉アレルギーの原因に。
人の腸には、腸内細菌がたくさんいて通常は共存するが、
免疫が細菌に反応して腸炎を起こし、毎日下痢になる病気も。

自己免疫病には、糖尿病や関節リウマチのほか、
脳神経が壊れる多発性硬化症や、甲状腺が侵される甲状腺炎と
バセドー病など、いろんな病気がある。

重要なのは、人口の約5%が何らかの自己免疫病に
かかっているほど、頻度が高い。

モナリザの指をよく見ると、関節リウマチのように関節が腫れている。
ルノワールは、関節リウマチがひどく、指が変形し、
筆が握れないため、包帯で指に巻き付けて描いていた。
こういう病気は、決してまれではない。

◆自己免疫病のカギ握る「制御性T細胞」

免疫は、なぜ自分の体に反応せず、どういう状況で自分と反応して
病気になるのか?

現在の免疫学には、三つの考え方が。
一つは、自分に反応するリンパ球が出てきても、すぐに壊されて排除。
二つ目は、自分を認識するリンパ球はいるが、反応しないように不活化。
三つ目は、誰の体にも自分に反応するリンパ球がいるが、
悪いことをしないよう、別のリンパ球が抑えているという考え方。

最近は、三つ目の考え方が注目。
ある時は、自分に反応して悪いことをするかも知れないが、
自分の体から生じた"自分もどき"のがんをやっつけるなら、
そういうリンパ球もいた方がいい。
あまりに悪いことをするなら抑えるが、体にいい行いをすれば
抑えるのを緩める、というバランスをうまく保っている。

三つ目の説を証明するため、自分に反応して病気を起こす
リンパ球を抑え込む「制御性T細胞」を取り除くと、
自己免疫病が起きるはずだと考え、マウス実験を始めた。

すると、甲状腺炎や胃炎、1型糖尿病、炎症性腸疾患、
関節リウマチといった病気が実際に起きる。
制御性T細胞を補えば、いろんな自己免疫病を抑えられる。

病気の原因を考える際、制御性T細胞と、自分の体を攻撃する
「自己反応性T細胞」のバランスが重要。

健康な人も自己免疫病を起こすリンパ球を持っているが、
うまくコントロール。
遺伝的、環境的な影響でバランスが崩れると、自己免疫病が起きる。
バランスを是正すれば、自己免疫病の治療や予防が可能。

制御性T細胞の重要性を示す証拠になったのは、
自己免疫病、アレルギー、炎症性腸疾患がすべて現れる
「IPEX症候群」という希少疾患。
「Foxp3」という、たった一つの遺伝子異常で起きる。

この遺伝子は、制御性T細胞で特異的に働き、
変異が制御性T細胞の機能異常を引き起こす。
マウスのリンパ球に、この遺伝子を組み込むと、
制御性T細胞に変えられ、遺伝子治療への応用も可能。

◆先進国で増える自己免疫病

先進国では、感染症が減少する一方、
自己免疫病やアレルギーの増加がみられる。

フランス免疫学者による02年の報告で、はしか、おたふく風邪、
結核、A型肝炎といった感染症は減っているが、
自己免疫病の1型糖尿病や多発性硬化症のほか、
ぜんそく、アレルギーも増えている。
特に、スウェーデンやノルウェーは傾向がはっきり。

日本でも、最近は花粉症になる子どもが多いが、
私が子どもの頃、花粉症の同級生はいなかった。

こうした逆相関は何を意味するのか?
衛生的な先進国で、免疫病が起きやすくなる現象は、
「衛生仮説」と言われる。

筋肉を使わなければ細くなるのと同じで、
制御性T細胞の力だって弱まってくるのだろう。

ひと昔の子どもたちは、しょっちゅう風邪をひいて青っ鼻を垂れ、
小学校前までにほとんどの感染症にかかっていたが、
こういう状況はある意味では重要なことかも。
今は、ちょっと風邪をひくとすぐに抗生物質を飲むが、
これが本当にいいのかどうかは難しい問題。

我々の体は、石器時代の環境に合うようにできているのでは?
今や衛生的な環境になったが、体そのものは石器時代から
そんなに変わったわけではない。

◆がんと免疫

自分の体から生じたがん細胞に反応するリンパ球の半数は、
異常な細胞ではなく、正常な細胞を認識して攻撃。

がんに対する免疫反応は、自己免疫反応の一部だ、
という考え方が成り立つ。

制御性T細胞は、自己免疫病が起きないようにするが、
同時にがんに対する免疫も抑えている。

マウスに、がんを植え付ける実験で、
正常マウスでは、がんがどんどん大きくなって死んでしまったが、
制御性T細胞を除いたマウスでは、がんが小さくなった。

制御性T細胞は通常、リンパ節に約10%含まれ、
がんの中には多数存在。
がん攻撃するリンパ球以上に、抑えるリンパ球が集まり、
うまくがんを攻撃できない。
制御性T細胞を壊す抗体を投与すると、攻撃するリンパ球が増えた。

自己免疫病の理解は、自分もどきのがんに対する治療につながる。
がん細胞は自分もどきなので、正常な自分の組織も
若干壊れる強い免疫反応がないと、免疫だけでがんを治すのは無理。
「肉を切らせて骨を断つ」ということ。

◆臓器移植と免疫

臓器移植も、免疫と深いかかわり。
自分でない臓器を入れるため、免疫が排除する拒絶反応が問題。

白いマウスに、黒いマウスの皮膚を移植すると、1か月以内にすべて拒絶。
白いマウスの制御性T細胞を投与すると、ほとんどのマウスに
拒絶反応が起きなくなった。
他者の臓器を排除しようとする、免疫細胞の働きを抑えた。

免疫抑制剤を使わなくても、制御性T細胞を増やせば、
臓器が拒絶されなくなる。

人でも、免疫抑制剤を使わずに臓器移植がうまくいった症例も。
今の医療では、免疫抑制剤を使うのが標準だが、副作用がある。
免疫をすべて抑えるため、感染症が起きたり、長期間使っていると、
がんが生じたりする。

今後は、制御性T細胞を増やすことで、免疫抑制剤を使わなくても、
拒絶反応を起こさない移植が可能になると期待。

◆Q&A

Q:制御性T細胞は、自己と非自己をどうやって認識するのか?

A:まさに今、世界中で競い合いながら、その機構を解明しようとしている。
約20の仮説が提唱、ここ2、3年のうちに解決する。

Q:制御性T細胞を増やしたり減らしたりする方法は?

A:決定的な方法はないが、次世代の免疫抑制剤と言われ
製薬会社などが開発を進めている。

Q:自己免疫病と先天的な因子との関連はどれほどか?

A:がんも自己免疫病も、遺伝的因子と環境因子のどちらも重要。
どんな人でも、数多くの病の原因を持っているが、
それらを表に出さないようにできるはず。

◆さかぐち・しもん

1976年京都大医学部卒。米ジョンズ・ホプキンス大客員研究員、
米スクリプス研究所助教授などを経て、
99年京大再生医科学研究所教授、2007年から同研究所長。
同年から大阪大招請教授も務める。専門は免疫学。

http://www.m3.com/news/GENERAL/2010/9/16/125710/

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