2011年5月31日火曜日

スポーツ100年:現在・過去・未来/2 テロの影響

(毎日 5月24日)

米同時多発テロ事件(01年9月11日)の首謀者とされる
国際テロ組織アルカイダの最高指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者が
殺害されたことを、スポーツ界は重大な関心。

「9・11」以降、世界の目が注がれるスポーツイベントは、
テロの標的になる懸念が高まり、米国内のみならず、
五輪やサッカーのワールドカップ(W杯)などもテロ対策が重要課題。

今年は、9・11から10年。
過去の歴史や現状を追いながら、将来のあり方を考える
「スポーツ100年」の第2回は、スポーツとテロの関係を取り上げる。

幾重にも張り巡らされた金網の周辺に警察官が立ち、
軍隊も待機して警戒に当たる。
人々は、監視カメラで見張られている。
9・11以降、五輪ではスポーツの祭典に似つかわしくない厳戒態勢が
当たり前の光景に。

IOCで、78年から委員を務めるベテラン、ディック・パウンド氏(カナダ)は、
ビンラディン容疑者の殺害を受けても、
「彼のようなタイプの人物は、ほかにもいる。
脅威がなくなったとは言えない」

◇重い警備費負担

9・11後、大会警備費は大幅に増加し、開催地には重い負担。
規模の大きい夏季大会で顕著で、9・11以降、初めての開催となった

04年アテネ五輪では10億ユーロ(当時約1300億円)を費やした。
00年シドニー五輪の4倍の数字に。
08年北京五輪は、正確な数字が公表されなかったものの、
上空からの脅威に備え、迎撃ミサイルも配置されるなど、
厳戒態勢は際立った。

パウンド氏は、五輪を取り巻く状況を、「不愉快で残念なこと」と認めつつも、
「すべての人々を対象にしているのだから、やむをえない。
北京五輪は、最も念入りな警備をしていた。
観客は、脅威を決して感じることなく、安全だと思えた」

ロンドン五輪の開催地となる英国は、この10年間で、
同盟国の米国と歩調を合わせて対テロ戦争を続けてきた。
テロに対する警戒感は高い。

警備費も、一時は15億ポンド(約1980億円)に。
全体予算の圧縮を受け、約7億2000万ポンド(約952億2000万円)
見直されたが、1日当たり9000人の警官を動員する方針。
現段階の状況を、パウンド氏は「ロンドンは、優れた監視体制と情報網がある。
何より島国なので、外から侵入しようとする脅威には対処しやすい」と評価。

欧米では、9・11後に過激な思想が広まり、
「ホームグロウン・テロ(自国内で育った者によるテロ)」が新たな脅威。

五輪とは無関係とされているが、ロンドンでもIOCが開催を決めた
翌日の05年7月7日、市内の地下鉄を狙ったテロ事件が発生、
50人以上が死亡。

この事件も、ホームグロウン・テロによるもの。
「ロンドンが恐らく直面する大きな問題は、テロリストや、
そうなる可能性がある人物がすでに社会に埋め込まれていること。
より多くの場所と疑いのある人物を警戒しなければならない」とパウンド氏。

◇「世界の縮図」

五輪は、テロ行為や暴力に屈してこなかった歴史がある。
72年ミュンヘン五輪では、アラブゲリラがイスラエル選手団を襲撃した
「黒い9月事件」が起きた。
選手ら11人を含む死者17人を出した惨劇に、大会の続行を危ぶむ声も
あったが、IOCは追悼式典を経て、当時のブランデージ会長が再開を宣言。

その決断の背景を、パウンド氏は「IOCは、ゲリラにテロ行為は
成功しなかったと示す必要があった。
テロ行為が五輪を妨害することは許さない、と。
大会を続けることが、彼らへの返事だった

96年アトランタ五輪でも、五輪公園で爆弾テロが発生、
大会は事件を乗り越えて続けられた。

五輪が目指してきた理想を、パウンド氏は「我々は、スポーツを通じて
平和を求めてきた。
世界が困難な状況にあっても、五輪は人々を結び付けることができる。
五輪は世界の縮図であり、五輪がうまくいけば、人々は世界に
平和がもたらされるかもしれない、との希望を持つことができる

いまだにテロの脅威は消えないが、有事にこそスポーツが
持つ発信力への期待は大きい。

◇広がる「愛国心の表現」

9・11を境にスポーツの現場、米国では「愛国心」が演出。
鮮明なのは、9・11から5カ月後の02年2月に開催された
ソルトレークシティー冬季五輪。

開会式では、9・11で標的となったニューヨークの世界貿易センタービルで
発見された星条旗が入場、米国の愛国心を高めた。
開会式に出席したブッシュ大統領(当時)は、
「誇り高く、決意にあふれ、感謝の気持ちを持つ国を代表して」と開会を宣言。

テロとの戦いへの決意を示したことが、
五輪を政治的に利用したとして批判も受けた。

米大リーグでは9・11以降、七回表終了後に愛国の歌
「ゴッド・ブレス・アメリカ」が演奏され、10年たった今も一部で続いている。
NFLスーパーボウルなどで、巨大な国旗が掲げられるのも日常的。

米ニューヨーク・タイムズ紙のベテランコラムニストの
ジョージ・ベッシーさんは、「米国民が愛国心が強いのは確かだ。
何かあれば、国旗を掲げる。
それはナショナリズムとかではなく、プライドのようなもの。
もっとも過剰との批判があるのも分かる」

その後の五輪やサッカーW杯でも、開催国の国旗が派手に振られる
光景が目立ち、スポーツを通じた愛国心の表現は、
米国以外の国々にも広がっている。
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◇スポーツ界とテロ事件◇

1972年 9月
ミュンヘン五輪の選手村に、「黒い9月」と名乗るアラブゲリラが侵入。
獄中のパレスチナ人の解放を目的に、イスラエル選手団を人質に、
空港へ移動後、警察などと銃撃戦を展開。
選手村で射殺された2人を含む選手ら11人、ゲリラ5人、警官1人が死亡。

86年 9月
ソウル・アジア大会の開幕前、韓国・金浦空港でゴミ箱が爆発し、
韓国人5人が死亡。
開幕を6日後に控え、海外選手が入国していた。

87年11月
大韓航空機爆破事件が発生、乗員・乗客115人が死亡。
拘束された北朝鮮の金賢姫工作員が、犯行を供述。
テロの目的は、翌年開催のソウル五輪の妨害。

96年 7月
アトランタ五輪期間中、五輪公園で爆発事件が発生。
2人が死亡、100人以上が負傷する惨事。

2001年 9月
米国でアルカイダによる同時多発テロ事件が発生。
ニューヨークの世界貿易センタービルに航空機2機が突っ込み、
約3000人が死亡。
シーズン中だったプロスポーツは一時中断、大リーグは1週間後、
NFLは2週間後に再開。
翌年2月、ソルトレークシティーで冬季五輪が開かれた。

http://mainichi.jp/enta/sports/general/general/archive/news/2011/05/24/20110524ddm035050017000c.html

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