2008年4月30日水曜日

クローズアップ2008:インドネシア人受け入れ 介護現場と政府ズレ

(毎日新聞 2008年4月20日)

急激な高齢化で人手不足が懸念される看護や介護の分野に、
インドネシア人が入ってくる見通し。
同国との経済連携協定(EPA)が、国会で承認されるのが確実。
専門的・技術的分野以外で、日本が外国人労働者に
本格的に門戸を開放するのは初めて。
7月にも第1陣が来日するが、看護師、介護福祉士の団体は、
国内の労働環境の整備が先決だと反対。

「人手不足だから受け入れるのではない」。
厚生労働省は受け入れについて、「あくまでも特例的」と説明。
労働市場の開放を求めるインドネシア側の要求に基づき、
EPAで受け入れを盛り込んだことに対応した措置との姿勢。

資格がありながら働いていない潜在看護師が約55万人、
潜在介護福祉士が約20万人。
こうした人材の活用などで人手不足に対応することを考え、
外国人労働者に頼ることは想定していない。
国内の労働市場への悪影響を懸念し、受け入れは2年間で1000人
(看護師400人、介護福祉士600人)。

だが、現場の実感とは大きなズレがある。
介護現場は、夜勤や入浴介助など厳しい労働条件の下で、
うつや腰痛などで職場を去る人が後を絶たない。

06年の離職率は20・2%に達し、他産業に比べて高さが目立つ。
現場で働く介護職員は現在、約110万人。
今後10年間で新たに40万~60万人必要になるとみるが、
確保の見通しは立っていない。

03、06年の2度の介護報酬引き下げで、介護職員の賃金水準は
男性で一般労働者の約6割の月額22万7000円程度。
都市部を中心に人材難が慢性化し、外国人労働者に頼らざるを得ないと
考える施設経営者も少なくない。

そのツケは既に表面化。
東京都世田谷の特別養護老人ホーム「博水の郷」は今月から、
ショートステイ用18床を一時閉鎖。
3月末に職員の2割近い8人が退職したため。
都内の別の特養でも、介護職員が確保できず、
定員を一時減らして運営を続ける事態。
特養の入所待機者は、06年3月時点で38万6000人に上り、
04年11月の調査に比べて約5万人増。

日本看護協会や日本介護福祉士会は、
現段階での外国人労働者への門戸開放には反対。
資格を持ちながら就業していない日本人の復職で十分と考えるため。
夜勤など家庭との両立が難しいことが背景にあるとみられ、
日本看護協会の楠本万里子常任理事は
「勤務形態を多様化して人材を確保すべきだ」。
日本介護福祉士会の石橋真二会長は
「賃金を底上げし、将来に希望の持てる職場作りが必要」。

インドネシアでは、昨年11月にEPAに関する計画が発表後、
希望者を受け付ける保健省に、看護師らからの申し込みが相次ぐ。
ジャカルタ近郊の病院で働く看護師のムタジールさん(25)もその一人。
「日本の進んだ医療・看護技術を学べるのも魅力。妻も賛成してくれた。
月に2000ドル(約20万円)は稼げるんじゃないか」と期待。
現在の給料は、残業代を含み約200万ルピア(約2万2000円)。

日本で働くには、インドネシアの看護師資格を保有し、
2年以上の実務経験があることなどの要件。
給料については、EPAで「日本人と同等以上」と定めるが、
海外労働者派遣・保護庁(NBPPIW)の担当者は
「給料がどの程度確保されるかなど、日本側からの十分な説明はまだない」、
さらに待遇面などでの協議が必要。

介護福祉士として働くには、大卒もしくは高等教育機関(3年)の修了者で、
半年程度の介護研修修了などの要件。
インドネシアには現在、介護福祉士の研修システムがなく、
第1陣は看護師資格を持った人に限られる見通し。

だが、来年度以降に介護士の資格認定などを行う労働・移住省は
「与えられる仕事内容に比べて、学歴などの要求される条件が高すぎる」、
人材確保の見通しについて楽観していない。

日本はフィリピンとも、看護師、介護福祉士を受け入れるEPAを締結、
同国議会での承認手続きが遅れている。
日本側の受け入れ施設募集は、厚労省の外郭団体の国際厚生事業団が行う。
施設の概要、データをインドネシア側の海外労働者派遣・保護庁
(NBPPIW)に送る。
NBPPIWも、看護師、介護福祉士希望者のリストを同事業団に送付。

日本側施設は、インドネシア人希望者を20人程度選び、
インドネシア人希望者も、希望施設を20位まで選択。
双方の希望をコンピューターで組み合わせ、最適な受け入れを決める仕組み。
施設が決まると、希望者は来日し、研修施設で6カ月間、
日本語などの研修を受講。
その後、希望の施設で働きながら国家資格取得を目指す。
看護師は3年、介護福祉士は4年の在留期間内に国家試験に合格しないと、
帰国しなければならない。

◇文化の違いに配慮を-大野俊・九州大アジア総合政策センター教授

宗教や文化の違いへの配慮が必要。
インドネシアの大多数がイスラム教徒で、1日5回の礼拝がある。
豚肉食が禁止され、調理器具の使い分けを希望する人も。
日本の文化や習慣を押しつければ、摩擦に。
インドネシアは、20年間で百数十万人の家事職を含む
看護・介護職の労働者を海外に送り出し、
今回の派遣が日本進出の突破口との期待。

◇「さらに労働市場開いて」-インドネシア・労働者派遣庁長官

日本とインドネシアのEPAが批准に向けて動き出した。
柱となる看護師や介護福祉士の派遣実務を行う
インドネシア海外労働者派遣・保護庁のジュムフル・ヒダヤット長官に、
派遣の意義などを聞いた。

-インドネシア人の海外就労の実態は。

◆海外就労者は登録されているだけで430万人、
受け入れ先は40カ国以上。
05年に48万人だった年間派遣数は、07年に70万人を超えた。
自由化で先進国に労働力が移動するのは必然で、今後も増える。

-労働者派遣の意義は何か。

◆経済のグローバル化で、途上国の村にも先進国からあらゆるモノが入る。
途上国で、エレクトロニクスや自動車産業を興すのは難しく、
放置すれば格差は広がる。
途上国からの人材受け入れは、社会的公正のための新たな国際的仕組み。
日本では初めてのケースで、失敗はできない。

-今後について。

◆日本の産業界と意見交換すると、外国人労働者のニーズを実感。
これを機に、インドネシア人に対する理解が進み、
看護師や介護福祉士以外の労働市場を開くきっかけに。
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◇経済連携協定(EPA)

2国間あるいは複数国間で自由化のルールを定め、
経済の活性化を目指す。
自由貿易協定(FTA)が関税撤廃による貿易の自由化が中心なのに対し、
EPAは投資、知的財産、人的交流なども加わる。

http://mainichi.jp/select/science/news/20080420ddm003040042000c.html

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