2008年5月3日土曜日

特集:あすを植える「My Mai Tree」(その1) 緑が命の源だ

(毎日新聞 2006年1月3日)

世界中で森が急速に失われている。
開発に伴う温暖化が、地球の環境に大きな影響を及ぼしている。
毎日新聞は、創刊135年記念事業として植樹支援活動
「あすを植える『My Mai Tree』キャンペーン」を全国でスタート。

人間の自然へのかかわりの問題はどこにあるのか、
後世に自然を残すために私たちは何をすべきか。
比叡山飯室不動堂住職で大阿闍梨・酒井雄さん、
女優で極地冒険家の和泉雅子さん、
横浜国立大名誉教授の宮脇昭さんの3人に森づくりの意義を語ってもらった。

-地球環境の危機的な状況をどのように見ていますか。

和泉さん 最初に北極に行った84年は、最低気温がマイナス45度で
寒かったのですが、89年に北極点に初めて到達した時は、
極点付近に温室効果のある雲が発生、マイナス2、3度まで気温が上昇。
石のように硬い雪が水浸しになり、解け始めました。
目に見えて、環境の変化が分かるのは怖い

酒井さん 三十数年前、行で冬に滝つぼに入ろうとすると、
長さ5、6メートルのつららがあり、滝つぼは氷が詰まっていた。
しかし今は1年で1、2回申し訳程度につららが下がる程度。
私たちは、行で比叡山の標高650~700メートルを歩くが、
シイとかシラカシが生えていて、歩くにはちょうどいい具合。
そういう木が残っているから、回峰行が今でも途絶えず続いている。

私が比叡山に来て間もない1965年ごろ、
飯室の裏山の木が嵐で全部倒れたことがあった。
谷川から水を引いて生活していたが、水がなくなってしまった。
木を植えて数年たち、木が自分の背丈より高く成長したころ、
再び川の水量が多くなってきた。
人が歩き、行をできる森は破壊しないよう守っていかなければ。

宮脇さん 「自然に任せるのではなく、植えていこう」という考えで、
植樹を行っています。
大切なのは、その土地本来の主役の木を調査して、しっかり把握すること。
本州、四国、九州なら、シイ、タブノキ、カシ類など。
同じ種だけを集めず、いろいろな種を交ぜることが大切。

生物社会では、最高条件と最適条件が違う。
すべての敵に勝ち、すべての欲望が満足できる最高条件は、
むしろ危険な状態。
生態学的な最適条件とは、生理的な欲望をすべては満たせない、
少し厳しい我慢を強いられる環境が持続的に生きられる状態。
本物とは、厳しい条件に打ち勝つもの。

-酒井さんは千日回峰行という苦行を2回も成し遂げられています。

酒井さん 千日回峰行の700日を超えた時、9日間、飲まず食わず、
不眠不休でひたすらお経を唱える「お堂入り」をやります。
5日目に、のどにたんが詰まって窒息しないよう、うがいが許されます。
その時、水を飲んではいけないが、たんを切るために口に水を含むと、
水ってこんなおいしいのか、水の味はこういう味だなと気付く。
落ちる線香の灰がスローモーションで見えたり、
遠くの話し声が聞こえたりと、神経が研ぎ澄まされてくる。
そんな特殊な状況に置かれたからこそ、水の本物の味を知ることができた。

今、炭酸飲料やジュースが飲み物の主流になっていて、
水が脇へ追いやられている。
加工されたものが天下を取って、本物志向がどこかへ行ってしまっている。
本物はどこにあるのか、を自ら突き詰めなかったら、
本物が見えてこないんじゃないか。

宮脇さん 本物とは、厳しい条件でも長持ちするもの。
酒井さんが千日回峰行をなされたのも、厳しさに打ち勝ち、
それが人間を本物にするからだと思います。
北極点に行かれた和泉さんも、人間として本物になったんだと思います。
人間も生まれた時から、ある意味の厳しさを味わうことが必要では
生まれた時から有り余るところで暮らし、厳しさを知らないのは不幸。

和泉さん 酒井さんが断食・断水なさっているのも、
根を張っている最中なのかもしれませんね。

-今後の地球環境を考えた時、水が一つのテーマに。

酒井さん お坊さんになったばかりのころに山を歩いている時、
下草についた朝露で着物のすそがぬれ、草木染のようになる。
何とかぬれない方法はないかと、ビニールで巻いたり、
いろいろな工夫をしてみたんですが、やはりぬれる。
そうしているうちに、ぬれないで道を通ろうと思うほうが
間違っているのではないかと気付きました。
一滴の水滴が、せせらぎになり、琵琶湖の伏流水になって流れ、
自分の着物がぬれることで、琵琶湖の水がたたえられている。
ぬれるということは、今日も一日水をいただいて感謝しようと考え
それから堂々と歩くようになりました。
行からいろいろなことを教わっています。
森があるから、生きていけるんだと思います。

和泉さん 私は、皆さんとは正反対の体験をしてる。
北極は木が生えていない、氷と雪の世界。
北極での約5カ月間の遠征を終えて、カナダのエドモントンや
バンクーバーに戻って、空港に着いた時、
飛行機の窓から緑が見えると涙が出る。
5カ月ぶりに緑を見るんですから。
自分は、緑に囲まれて育った日本人だと悟る。
私だけかと思ったら、遠征隊の仲間もみんな泣く。
緑って、人間にはなくてはならないもの。

宮脇さん やはり生物的な本能でしょうね。
人間が地球に生かされている限り、私たちはどれほど富を築いても
緑の植物に頼ってしか、持続的に生きていけない。

-全国で森づくり活動が行われていますが、
森づくりに取り組んでいる個人、団体の方へのメッセージを。

酒井さん 森づくりは、子供たちに一生懸命やってもらうのが一番良い。
植えてから1年、2年と時間がたつと、自分が植えた木には
「今年もちゃんと生きているな」とか、楽しみや思い入れが生まれてくる。
20年たち、木が成長した時、「自分もこのくらいに育ったかな」と顧み、
自然と森に興味を持てるのでは。
そういうことを進めていけば、日本も良い精神状態の国になる。

和泉さん そうなるとうれしいですね。自分の分身のようで。

宮脇さん 植樹は、緑の命のドラマの幕開けと位置付け。
その日からエンドレスに、木はいつまでも生き続けていく。
木を植えることは、単に小手先の技術でなく、
自分の心に木を植え、豊かにするということ。
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◇和泉雅子(いずみ・まさこ)

1947年、東京都出身。精華学園卒業。
63年、15歳の不良少女を演じた「非行少女」でモスクワ映画祭金賞。
映画出演は100本超。
83年、ドキュメンタリーで南極を訪れ、極地に魅了。
85年、北極点到達を目指したが、148キロ手前で断念、
89年に再挑戦して日本人女性初の北極点到達に成功。
毎年、北極への旅を続ける。著書「笑ってよ、北極点」など。
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◇酒井雄さい(さかい・ゆうさい)

1926年、大阪府出身。現在、比叡山飯室不動堂輪番長寿院住職。
慶応商業学校夜間部卒業、叡山学院研究科卒業。
32歳の時、結婚2カ月で妻が自殺したのを機に比叡山を訪れ、39歳で仏門。
7年間で約4万キロを踏破する「千日回峰行」を2回成し遂げ、
「大阿闍梨」称号を得た。
過去400年で2回達成は、酒井さんを含め3人。
中国、カンボジアでも巡礼を続ける。
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◇宮脇昭(みやわき・あきら)

1928年、岡山県出身。広島文理科大卒。専門は植物生態学。
横浜国立大教授などを経て、現在、同大名誉教授。
土地本来の樹木を中心に多くの樹種を交ぜて植える
「混植・密植型」の植樹に取り組む。
約40年間で植えた樹木は約3000万本。
国際生態学会長を1期。
国際生態学センター研究所長、横浜市緑の協会特別顧問。
著書「植物と人間」、「日本植生誌」(全10巻)など多数。

http://mainichi.jp/life/ecology/archive/news/2006/01/20060103ddm010040008000c.html

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