2008年5月15日木曜日

理系白書’08:第1部 イノベーションを考える/1 夢支えた経営判断

(毎日 5月4日)

世界各国が「イノベーション」でしのぎを削っている。
単なる技術革新ではなく、社会や人々の生活を一変させるほどの
新しい価値の源泉のこと。
「理系白書’08」第1部は、日本発の事例に基づいて、
イノベーションを起こすのに必要な要件や環境を探る。

「世界の空を変える」とまでいわれる航空機が、年内にもデビュー。
米ボーイング社の「787」。
従来の同型機より2割軽く、燃費が2割向上。
210~250席の中型機でありながら大型機並みの
航続距離1万5200キロを誇る。

低燃費の理由は、アルミに代わり、鉄の数分の1の重さで
10倍の強度を持つ炭素繊維複合材を機体の半分に採用。
アクリル系炭素繊維で世界最大手の東レが開発。

「2012年ごろからは自動車にも用途が広がり、
炭素繊維市場は飛躍的な拡大期を迎えるだろう」。
東レの投資家向け事業説明会で、複合材料事業本部長を務める
上浦正義専務は力を込めた。
15年には、3000億円の売り上げを目指す。

アクリル系炭素繊維は日本のお家芸といえ、東レ、東邦テナックス、
三菱レイヨンの上位3社で世界シェアの7割を占める。
しかし、大きな飛躍を遂げるまでには40年に及ぶ助走期間が必要。

アクリル繊維で炭素繊維を作る手法は、大阪工業技術試験所
(現産業技術総合研究所)の進藤昭男博士が1961年に開発。
宇宙開発や軍事用などに使われていたレーヨン系の炭素繊維に比べ、
製造効率が高いことが利点。

価格は、鉄の10倍以上。
用途は、釣りざおやゴルフクラブなど趣味性の高いスポーツ用品に限られた。
広範な用途が定まらない中、東レは量産に乗り出した。
軽くて強い新材料は将来、航空機に使われるようになるとの経営判断。

79年の入社以来炭素繊維の研究開発にかかわってきた
吉永稔・東レ生産本部参事は、
「当時の技術者は、『(炭素繊維の色の)黒い飛行機を飛ばそう』
と夢見ていた」と振り返る。

同社は80年代になって、ボーイング社から翼など機体の主要部に使う
材料として、強度や温度特性などの目標値を示された。
ゴルフクラブやテニスラケットで炭素繊維ブームが起き、
欧米のメーカーが参入。
小さな市場で供給過多となり、赤字を出すなど苦しい時期。

目標は、耐熱性と耐衝撃性を両方高める内容。
一般的に材料を柔らかくすれば衝撃には強くなるが、熱には弱くなる。
当時、両立は不可能とされていたが、吉永さんらは
均質で欠陥のない炭素繊維を焼成する手法を開発して強度を高めた。
繊維と繊維の間に挟む樹脂にエネルギーを吸収する層を設ける
アイデアを編み出し、この難問を2年弱で解決。

90年代に入り、ボーイング777の尾翼に採用。
約10年かけて信頼性を積み上げ、787での大規模な採用を勝ち取った。
「赤字でも『健全な赤字』と言われ、
経営陣の方針はぶれなかったことが大きい。
方向性さえ示してくれたら、技術者はかなりの部分はやってのける」。

一橋大イノベーション研究センターの青島矢一准教授は、
「初期段階での先行投資が、技術力を高めることにつながった。
経営者が、自社の持つ技術の特性や強みを理解したことも大きな要素。
イノベーションと言っても、初期の技術は不確定なもので、
短期的な経済効率だけで判断してはいけないという好例だろう」。

◇多様な人々集う場所作りが重要--産総研が教訓に

アクリル系炭素繊維を生んだ産業技術総合研究所では、
この技術開発史から今後のイノベーションに向けた教訓を得ようとしている。
進藤博士の発見後に大阪工業技術試験所に着任した
中村治審議役は、当時の関係者からの聞き取り調査を進めている。

中村さん自身、「企業の人が研究所をいつもぶらぶら歩いていて、
研究者としゃべっていた」のを思い出す。
進藤さんの発見後、よりよい方法を求めてさまざまな材料で
実験したのもそうした企業で、それが今の発展につながった。

「外国人も含め、いろんな専門の人、違う発想を持った人が
日常的に顔と顔を突き合わせる場をどう作っていくかが大事」。

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2008/05/04/20080504ddm016010006000c.html

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