2010年3月14日日曜日

理系白書’10:挑戦のとき/23 東大大学院疾患生命工学センター・西山伸宏さん

(毎日 2月23日)

がんによく効く薬があっても、患部へ届かなければ
治療に役立たない。
普通の薬は、飲んだり、注射するなどの方法で投与され、
全身に散らばるため、患部に届く量が少なかったり、
他の部位で副作用を起こすことがある。
薬を患部に直接運ぶ「乗り物」があれば、確実に届いて
治療効果は上がり、副作用も減らせる。

そんな夢を実現する技術が、
「ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)」
西山さんは、大学に入学したころ、この研究を知った。
「がんを克服できるかもしれない。
やみくもに薬剤を探すのではなく、自分で設計し、工夫し、
戦略的に『乗り物』を作り出せる可能性がある」
4年になると、迷わずDDSの研究室に入った。

最初に取り組んだのが、抗がん剤「シスプラチン」を包み込む
直径数十nmという極小カプセルの設計。
シスプラチンは、膀胱、前立腺、卵巣など幅広いがんに効く。
腎臓などへの副作用が強い。
血液中では壊れにくく、患部に届くと内部の薬を放出する
カプセルを目指した。

「実験では、目的の場所で薬が働かずにマウスが死に、
原因を調べて設計を変え、再び試す、ということを繰り返した。
『何とかうまくいってくれ』と祈るような気持ちだった」と振り返る。
それでもうまくいかず、気づいたら上野動物園でサル山を
眺めていたこともある。

不安はあまりなかった。
「DDSは、実験によって薬が目的通りに運ばれない
原因が見えてくる。
その問題を改善すれば、必ずより良いものができると分かっていた」

シスプラチンのDDS技術は、博士課程のとき論文になり、
人への臨床応用も始まった。
学生時代の研究が、人の治療につながろうとしている。
取り組む研究の重みを感じる。

小さいころ、絵を描くことが好きだった。
優れた絵画は、時代を超えて人々に感動を与える。
西山さんは、「研究論文も、単なるデータだけではなく、
研究の発想など、研究者の個性が息づいている。
優秀な論文は世代を超えて読まれ、社会に影響を与える作品。
自分も、そんな『作品』を持ちたいと思った」

シスプラチンの研究以降、人工ウイルスの作成、遺伝子解析を
導入した薬剤の機能分析など、さまざまな論文を発表。
昨年、若手研究者を対象とした日本DDS学会の
第1回奨励賞を受賞。
「医学の発見を、社会に役立つ技術として普及させ、
多くの患者が平等に享受できるようにするのが、私たちの役目。
医と工の橋渡し役になりたい」

医療分野に飛び込んだ工学博士の一人として、
「ものづくり」へのこだわりは、だれにも負けない。
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◇にしやま・のぶひろ

74年、和歌山市生まれ。
東京理科大基礎工学部卒、東京大工学系研究科博士課程修了。
米ユタ大などを経て、09年から現職。

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2010/02/23/20100223ddm016040116000c.html

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