2008年5月18日日曜日

シンポジウム「iPS細胞研究の展望と課題」(その2止)

(毎日新聞社 2008年5月13日)

◆基調講演

◇分化した細胞核に全能性--発生学の世界的権威、ジョン・ガードン氏

私たちは卵への核移植を研究し、細胞核の遺伝的な同一性を実証。
この研究からクローン羊、iPS細胞へとつながっていく。
卵から胚、胎児、成人になる発達の過程で、細胞は不可逆的に分化。

しかし、皮膚や腸の細胞核を卵に移植して胚をつくり、
心臓や筋肉の細胞に再分化させることができる。

私たちは、アフリカツメガエルのクローニング。
両生類の卵は大きいので、核移植しやすい。
脊椎動物では初めてクローニングされたカエルは、
正常なカエルとして約20年生きた。生殖機能も正常。

この研究から、分化した細胞の核は全能性を有していること、
30%程度の効率で再分化が可能なこと、
分化の際にゲノム(全遺伝情報)が保全されていることが実証。

現在は、どんなメカニズムでリプログラミングが起こるのかを、
卵母細胞という成長過程にある卵細胞を使って研究。

英国では、卵を使う研究に対する倫理的憂慮があるが、
私自身は心配していない。
別人の治療に使う細胞を作るため、人の生命を殺すと批判する人も。
私自身は、胚は移植しない限り生命にはならず、
胚をその段階の前にとどめれば、生命とはいえない。
倫理的に心配することはない。

◆「時間は不可逆」常識覆す--理化学研究所ディレクター・西川伸一氏

すべての科学的発見には源流がある。
iPS細胞の一つのルーツは、胚性幹細胞(ES細胞)。
もう一つのルーツ、細胞のリプログラミング
(いったん分化した細胞が、元の未分化の細胞に変化)については、
あまり語られていない。

1800年代に、ワイスマンは分化の際に遺伝子が
なくなっていくのではないかと考えた。
それが本当かどうかを確かめるため、核移植が行われ、
分化しても遺伝子が保たれていることがわかった。
後に、ガードン先生はカエルを使って、大人の細胞から
リプログラミングできるということを示した。

3人の方は、細胞の分化が一方向ではなく、戻りうるということを
証明する重要な研究をされた。
私たちの文化では、時間の経過は不可逆的だと思ってきた。
そうした常識を覆す研究がどのように生まれたのか?

◆パネルディスカッション(コーディネーター:永山悦子・毎日新聞科学環境部記者)

永山 ガードン、ウィルムット先生にiPS細胞を知った時の感想は?

ガードン 研究成果は素晴らしい。
体細胞を、直接ES細胞に変換することは考えてもいない。
ただ、卵子はリプログラミングを100%成功させるユニークな能力を持ち、
卵子への関心は残っている。

ウィルムット ここで確立された手順は有用であり、私たちはこの手法を使って、
ALSなどの疾病の解明に役立てる。iPS細胞が安全であるということを、
時間をかけて確認する必要がある。

永山 iPS細胞研究は、クローン胚研究に完全に置き換わるのか?

ウィルムット ES細胞から学ぶことはたくさんあり、研究は続けるべき。
近い将来、iPS細胞が胚由来の幹細胞と同じだと分かり、
iPS細胞が唯一使うべき細胞となる日が来る。

永山 倫理的な側面をどう考えるか?

ガードン 毎年、頼まれて聖職者にレクチャーをする。
私たちの考え方に対し、敵意を持つ聖職者は少なくない。
研究により、初期段階の限られた胚を失うが、潜在的な利益がある。
だんだんと多くの聖職者が支持し、昨年は85%が研究を続けるべきだと。

ウィルムット 私は生きてきた60年の間、数多くの発見があった。
抗生物質の発見、人工受精、臓器移植、新しい化合物の開発など。
私たちが問うべきことは、なぜもっと早く治療法を開発できないのか。
例えば、ALSやパーキンソン病などの治療法。
治療法ができた時、世界中の人たちが使えるようにするために、
どうしたらよいのか。
これの方が、私にとって(倫理的問題よりも)重要な問題。

山中 培養器中のヒトの受精卵を顕微鏡で見た時、ものとは思えない。
その感覚は失いたくない。
病院が火事になり、培養中の受精卵と自力で動けない患者さんがいれば、
当然、受精卵を放置して患者さんを助ける。
患者さんを救うのに、受精卵を使ったES細胞しか方法がなければ、
受精卵を使うべき。
技術が進んで、受精卵を使わずきるようになれば、両方を大事にすべき。
将来、iPS細胞から精子や卵子ができてしまう可能性がある。
新たな倫理的課題をつくり出している。野放しにしないことが必要。

永山 日本ではiPS細胞への期待が大きく、
政府はこれまでにない速さで支援体制を作った。英国ではいかがですか?

ガードン 英国民は、iPS細胞研究の成果に感動。
過去に、科学技術や医療の進歩への期待が裏切られる経験をしているため、
過剰な期待はよくないという国民感情も。
難病が近い将来、治癒可能になるとは思っていない。

永山 国際協力をどうすべきか、アイデアはありますか?

ガードン iPS細胞研究の重要性は多くの人たちが理解し、
研究者同士が知識を共有。
複雑な国際協力の枠組みを確立しなくても、研究は進展する。

山中 iPS細胞研究は、ヒトゲノム計画のように
一国では予算的にも研究者の数からもできない研究とは違い、
手技が簡単で小さな研究室でもできる。
私が期待しているのは、病気の方の細胞からiPS細胞をつくって
病気の解明や創薬に使いたい。
世界のいろいろな国の方のiPS細胞を同じ手法でつくって、
誰でも使えるバンクを設立するような協力は早い時期に必要。

ウィルムット ES細胞の研究で連携している国際グループがある。
そういった連携があれば、進展が加速される。

西川 早く患者さんのために使えることが一番重要。
皆が知財の所有権を、主張し合って争っていては仕方がない。
英国や米国が1000人のゲノムを読み取るプロジェクトを進め、
ゲノムが分かっている方のiPS細胞ができると、さまざまな形で使える。

永山 ALS患者にとって、iPS細胞は希望につながるか?

山中 今は何もできない。
そのことを、できるだけ正確に伝えるように努めている。
しかし、今の患者さんからつくったiPS細胞の研究は、
将来の患者さんに役に立つ可能性は十分にある。

西川 研究所に、医学部出身で突発性心筋症の研究者が入ってきた。
動機は、自分の体を治すためだったが、選んだ研究テーマは
DNAについての極めて基礎の研究。
心臓発作で亡くなったが、回り道のように見えることが実は大切。
患者さんたちが集まって力を合わせると、研究は進む。
多くの人が参加する仕組みをつくることが必要。
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◇ジョン・ガードン
1933年英国生まれ。62年にアフリカツメガエルの体細胞クローンを作成、
後のクローン羊「ドリー」など哺乳類の体細胞クローンの実現に道を開いた。
73年ケンブリッジ大教授。現在、同大ガードン研究所所長。
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◇にしかわ・しんいち
1948年滋賀県生まれ。京都大医学部卒。京大結核胸部疾患研究所、
ドイツ・ケルン大遺伝学研究所。熊本大医学部教授、京大医学部教授を経て、
理化学研究所発生・再生科学総合研究センター幹細胞研究グループ・ディレクター。

http://www.m3.com/news/news.jsp?sourceType=GENERAL&categoryId=&articleId=72706

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