2008年5月18日日曜日

シンポジウム「iPS細胞研究の展望と課題」(その1)

(毎日新聞社 2008年5月13日)

京都大の山中伸弥教授らが、世界で初めてつくった
人工多能性幹細胞(iPS細胞)への理解を広げようと、
シンポジウム「iPS細胞研究の展望と課題」が開催。

山中教授のほか、発生学の世界的権威ジョン・ガードン博士と、
クローン羊「ドリー」を誕生させたイアン・ウィルムット博士が基調講演し、
体細胞クローンからiPS細胞に至る研究の流れが明らかに。

西川伸一・理化学研究所幹細胞研究グループ・ディレクターを加えた
パネルディスカッションでは、iPS細胞の意義や将来像、
倫理的問題などが語られた。

会場には一般の人々や研究者、患者など約500人が集まり、
生物学の歴史を作った研究者たちの話に聴き入っていた。

◆基調講演

◇人の病気治すため研究--京都大教授・山中伸弥氏

研究を始めた時から尊敬していたガードン先生、
万能細胞研究を始めるきっかけとなったウィルムット先生にお会いし、
研究結果を発表できることは、研究者人生にとって記念すべき日。

ES細胞は、心臓や神経などのさまざまな細胞に分化。
この性質から、創薬や毒性の研究に使うことが期待。

しかし、問題点もある。
一つは、ヒトの受精卵からつくるという点。
治療、医学のためとはいえ、受精卵を使うことに対し、反対が多い。
二つ目は、患者さん自身の細胞からつくることは難しい。

これを解決できないかと考え、
1999年に奈良先端科学技術大学院大学でプロジェクトを始めた。
体の細胞に、特定の因子(遺伝子)を導入することによって、
ES細胞と同じような幹細胞をつくることができないか?

その因子を、多能性誘導因子(PIF)
ガードン先生の研究によって、カエルの卵子には
体細胞の時計を巻き戻すPIFがあることが示された。
ウィルムット先生のドリーにより、哺乳類の卵子にもPIFがある。
2000年、京都大・多田高先生により、ES細胞にもPIFがある。
そこで、マウスのES細胞を使った研究を始めた。

その結果、24個の因子が大事だと分かった。
04年に京大に移り、線維芽細胞という体細胞に24個の一つずつを
入れてみましたが、万能細胞はできない。
次に、いくつか組み合わせて入れた。
4つを同時に入れると、ES細胞にそっくりな細胞ができることが
05年に分かり、これをiPS細胞。論文にしたのは、06年夏。
ES細胞と同様、iPS細胞からマウスができ、07年に報告。

私は、元々整形外科医。治したいのは人であり、マウスではない。
05年から、ヒトのiPS細胞づくりに着手。
マウスの論文発表をしたころ、ヒトでも同じ因子でできることが分かった。
今は4因子のうち、腫瘍発生に関連する「c-Myc」という因子を
入れなくてもよく、3因子を入れる。
培養すると、ヒトのES細胞と区別できないような細胞ができる。
慎重にデータを積み重ねて、07年11月に論文発表。

iPS細胞は、ES細胞と同様にさまざまな細胞に分化。
どくどくと拍動する心臓の細胞もできた。
それを見た時は、僕の心臓もどくどくと拍動した。

iPS細胞で何ができるのか。
さまざまな病気の患者さんの体の細胞からiPS細胞をつくり、
心臓や神経などの細胞にすることができる。
病気の解明に役立つと期待。
効果の高い薬のスクリーニング、個人ごとの副作用の検査にも役立つ。
細胞移植療法にも使える可能性。

患者さんからiPS細胞をつくることは、高額の費用、時間がかかる。
皮膚細胞からiPS細胞をつくるまでに1カ月、量を増やすのに1カ月、
さらに分化させるのに1カ月と、最低でも3カ月。
脊髄損傷は、損傷から10日ほどで治療しなければ効果が出ない。
そこで、iPS細胞バンクを作ってはどうか。
健常な人から皮膚細胞をもらい、iPS細胞をつくっておく。
移植には、HLA(白血球の型)という細胞のタイプを合わせる。
タイプの異なる細胞をそろえたバンクをつくっておく。

この研究は、多くの若い研究者、学生が一生懸命努力をして成し遂げた。
多くの人に役立ちたいのだという純粋な気持ち。
お金もうけのために転用されることは、防がなければならない。

◆基調講演

◇難病解明、治療に役立つ--クローン羊「ドリー」生みの親、イアン・ウィルムット氏

核移植には、二つの細胞が必要。
まずは未受精卵で、ドリーの場合には成熟した雌ヒツジから取った。
遺伝子の情報を提供する体細胞は、成熟雌ヒツジの乳腺組織から。
移植後、電流をかけると、二つの細胞が融合し、細胞が発達を開始。
電流が精子のような役割を果たす。
卵を、別の雌ヒツジの子宮に入れて子ヒツジが生まれる。

ドリー以降、さまざまな動物種のクローニングが成功しているが、
霊長類はES細胞は得られるが、子は生まれない。なぜかは不明。

核移植と電流刺激などの活性化を同時にすることも、遅らせることもできる。
ヒツジではどちらでも差がない。
しかし、牛では活性化を遅らせたほうがよい。
マウスでは遅らせることが必須。
なぜ、種によって違うのかは全く分からない。

なぜ、クローン技術が有用なのか?
日本のビール会社が米国の研究に資金を提供し、
牛でヒト型抗体を産生することに成功。
がんやエイズの患者から組織をとり、牛に注入し抗体を産生。
それを患者に入れて、疾病関連細胞を破壊するということが可能。

もう一つ考えられることは、遺伝病の研究に役立てること。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、筋力が低下する難病。
原因は分からず、治療法も確立していない。
ALS疾患遺伝子を持つ人から細胞を取り、核移植をしてクローニングすると、
患者と健常な人の神経細胞の違いを研究することができる。

ドリーが示したことは、発達を制御するメカニズムはそれほど複雑ではなく、
可逆性があるということ。考え方が変わった。
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◇iPS細胞(人工多能性幹細胞)

神経や筋肉、臓器など体のさまざまな部位の細胞に分化する
万能性を持つ人工の幹細胞。
同じ万能細胞であるES細胞は、受精卵を壊してつくるが、
iPS細胞は大人の体の細胞(体細胞)からつくる。

山中教授らが、06年にマウスのiPS細胞をつくったと発表後、
世界で研究が活発に進められている。
文部科学省は、「世界に誇れる日本発の成果であり、
再生医療の実現に向けた大きな第一歩である」と評価し、
08年度から5年間で総額100億円の支援策。
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◇体細胞クローン

1個の個体や細胞から受精によらない無性生殖によって増えた
遺伝的に同一な個体を、クローン。
体細胞クローンは、動物の体の細胞を使って作った元の動物と
遺伝的にほぼ同一の個体。
個体の皮膚などの体細胞から遺伝子を含む核を取り出し、
核を除いた未受精卵に移植する「核移植」の後、
電気的刺激などにより融合させて胚を作り、子宮に入れて妊娠、出産。
英ロスリン研究所は96年、哺乳動物では世界初のクローン羊「ドリー」誕生。
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◇やまなか・しんや
1962年大阪府生まれ。神戸大医学部卒、大阪市立大大学院修了。
04年から京都大再生医科学研究所教授。
07年にヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作成。
08年、京都大物質-細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター長。
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◇イアン・ウィルムット
1944年英国生まれ。ケンブリッジ大で博士号取得。
96年、ロスリン研究所の遺伝子機能・開発部の責任者、
世界初のクローン羊「ドリー」を誕生させたチームを指揮。
現在、エディンバラ大再生医療センター所長。

http://www.m3.com/news/news.jsp?sourceType=GENERAL&categoryId=&articleId=72705

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