2010年9月14日火曜日

基礎研究か課題解決型研究か

(サイエンスポータル 2010年9月6日)

日本学術会議が勧告「総合的な科学・技術政策の確立による
科学・技術研究の持続的振興に向けて」 をまとめ、
金澤一郎会長から菅直人首相に手渡された。

「科学技術基本法」の見直しを求め、同法の対象から外されていた
人文・社会科学も含めた科学・技術政策を確立すること、
科学技術とひとくくりにされている表記を「科学・技術」に改め、
政策が出口志向の研究に偏るという疑念を一掃することなど提言。

同会議は、金澤一郎会長以下副会長、部長、幹事16人の
連名による声明を発表、「出口としての技術をもっぱら重視する
科学技術政策から、基礎研究をしっかりと位置付ける
総合的な学術政策への転換」を求めている。

提言「日本の展望-学術からの提言2010」を、
川端達夫・科学技術政策担当相に手渡し、
「『科学を基礎とする技術』を主とする、応用志向の強いこれまでの
『科学技術』に代えて、より広範な『学術』の概念が
政策体系の中心に位置づけられるべきである」ことを、
提言の最初に掲げた。

応用より、基礎を重視してほしいとまで言っているわけではない。
「日本の展望-学術からの提言2010」でも、
「多様性・継続性を担保する基礎研究を確実に推進しつつ、
社会・経済的価値創造を目指す応用研究推進との両立を
担保するため、それぞれの研究資金枠とその審査基準を
明確化・適正化することが必要」も提言。

両者をバランスよく、ということだろう。
これがなかなか難しい問題で、雑誌「科学」が公開している
「ウェブ広場」に掲載された市川淳信・東京工業大学名誉教授の寄稿
「『科学と科学的知識の利用に関する世界宣言』の解釈」
を読んでもよく分かる。

市川氏が取り上げているのは、雑誌「日経サイエンス」9月号に
載った科学技術振興機構提供の記事。
同機構低炭素社会戦略センター上席フェローの談話を批判。

1999年、世界科学会議で「科学と科学的知識の利用に関する
世界宣言」が採択されたのを引用、
「研究者は、科学の負の遺産を清算しながら、
次世代を切り開くシーズを模索するという大きな責任を背負った」
としている上席フェローの認識に、市川氏はまず異論を唱える。

世界科学会議の宣言は、ブダペスト宣言として有名。
上席フェローの談話のように、
「社会における科学と社会のための科学」という文言によって、
科学者の社会的責任が明確に指摘されたことが、よく引用。

市川氏は、この宣言が挙げた科学の使命は4つあり、
「知識のための科学:進歩のための科学」、
「平和のための科学」、
「開発のための科学」という従来から言われていた3つに、
「社会における科学と社会のための科学」が付け加わった。

上席フェローが主張するように、
「科学は、あくまでも社会のためにあることが再確認された」のではない。
「戦略的な科学研究を、国の成長に結びつける明確なビジョンを
持つこと」、「研究者自身が、社会の存在を肌で感じながら
研究を行うことが重要で、科学技術を精査し、課題解決のための
最適解とも言うべきシナリオを描くこと」
という上席フェローの談話に対し、次のように厳しい批判。

「新たな知識自体が、社会の人々の人格陶冶に役立ち、
より良き社会への進展を支えている。
宣言を見ても、『知識のための科学:進歩のために科学』は
最初に掲げられている。
…シナリオに沿った研究開発が必要な領域もある。
低炭素社会の実現を目指す研究領域は、
そのような領域に属すのかもしれない。
すべての科学の領域に拡大しようと、宣言の一部を強調し、
発見の時代は終焉した科学は、工学プロジェクトを
指向すべきとするのは専横であり、
ソ連時代、食糧生産の拡大を目指して、獲得形質の遺伝の研究を
強制したソ連科学アカデミー会員の行為を連想させる」

市川氏に、やり玉に挙げられた形の科学技術振興機構が
力を入れているのは、確かに「課題解決型研究」への支援。

「知識のための科学:進歩のための科学」ではなく、
「社会における科学と社会のための科学」という使命に沿うもの。
両者は本来、並立すべきものなのだろうが、
科学・技術予算といった話になると、そうもいかない。

ブダペスト宣言が採択された世界科学会議にも参加し、
この宣言の意義を高く評価する吉川弘之・元国際科学会議会長は、
「宣言の採択は、科学は社会から影響を受けず、
独立していなければならないとされた長い歴史を軌道修正する、
重大な瞬間。

この決定の意味は、科学研究の重点が基礎から
応用へ移るということではない。
科学研究が、知的好奇心に導かれて行われることを
決して否定するものでもない。

新しい困難な課題を抱えた現代は、従来は考えつかなかった
独創的視点での科学の展開が期待され、
ますます研究者個々人の関心に基づく自由な基礎研究が必要

http://www.scienceportal.jp/news/review/1009/1009061.html

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