2010年9月24日金曜日

フロンティア:世界を変える研究者/10 奈良先端科学技術大学院大・高橋淑子さん

(毎日 9月14日)

「なんかおかしい」
細胞を離ればなれにする遺伝子「エフリン」が、
脊椎動物の背骨の形成にどう働くかを、
ニワトリの胚で観察している最中のこと。
背骨の元になる「体節」の表面にある細胞が、
滑らかな状態に変化していた。

仮説では、エフリンが体節を切り分けることは想像。
切り口を滑らかにすることは、想定外。
「細胞をビシッと切る『はさみ』の役目と、断面を滑らかにして
組織を整える『上皮化』の両方の働きがあった。びっくりした」
成果は昨年4月、米科学誌に発表。

今年5月、自然科学分野の女性研究者に贈られる「猿橋賞」を受賞。
「一般の方々も、私の研究テーマにおもしろさを感じてくださった。
基礎の研究者としては願ってもないこと」

たった1個の卵細胞が分裂し、さまざまな器官を形作って個体となる。
高橋さんは、発生の際の形作りの研究に取り組んできた。
根底には、「体の中で起きていることを直接見たい」という
強烈な好奇心がある。
それをはぐくんだのは、少女時代。
広島市の中心部で育ったが、休みになると、
祖父の住む田舎で、ひたすら野山を駆け回って遊んだ。
「水を張った田んぼに落っこちたり。
そこから自然への興味が身に着いたかも」

学生にも自らにも、「エンブリオ(英語で『胚』)の声を聴け」と
言い聞かせる。
大学時代、ワンダーフォーゲル部で活動した経験から、
「自然を征服しようと思ったらやられる」
「エンブリオは、私たちが思っている以上のことをやってくる。
すべての答えは生き物の中にあるのだから、謙虚にならないと」

今、注目しているのは、「細胞移動」。
発生の際、分裂した細胞は胚の中を移動して血管などの
器官を形作る。
08年、脊椎動物の背側で体節細胞が、最初に作られる
小さな血管に引き寄せられるように移動し、大動脈ができていく
仕組みを、世界で初めて解明。

この成果は、がん転移の解明に役立つかもしれない。
がん細胞も、神経や血管などと同様、移動(転移)する。
「医者じゃないけれど、病気の原因になる仕組みを知りたい」
研究を通して、がん治療に貢献したいと意欲。

「エンブリオの謎を見ていくと、そこには進化のロマンがある」
謎が一つ解けると、次の好奇心が頭をもたげる。
「大変なんですよ。200歳まで死ねへんなあと思って」
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◇たかはし・よしこ

広島県出身。京都大理学研究科博士課程修了。
専門は分子発生生物学。05年から現職。
学内のバレー部に所属。
「体を動かすとリラックスし、すこんとアイデアが出る」

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2010/09/14/20100914ddm016040115000c.html

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