2010年9月25日土曜日

「老」に定義なし 目指せ“好”齢者 特集ワイド

(2010年9月14日 毎日新聞社)

20日は「敬老の日」。
お年寄りを敬い大切にする日だが、高齢者の所在不明も問題に。
「老」の字に抵抗を覚える向きもあるが、
そもそも老いるとはどういうことだろう?

◇生物学的には学者の数だけ説 「規格」は今や崩壊

「敬老の日」の発祥の地は、兵庫県野間谷村(現・多可町)。
1947年、当時の門脇政夫村長が、
「日ごろの苦労を癒やしてもらい、お年寄りの知恵を大切に、
村づくりをしていこう」と、農閑期の9月15日に、
村主催の敬老会を催し、「としよりの日」としたのが始まり。

その後、門脇村長らの働きかけで66年、
「敬老の日」として国民の祝日に。
ハッピーマンデー法により03年から、9月第3月曜日に。

「敬老」に、抵抗感を抱く人もいる。
知人の女性(64)は、孫の運動会で敬老席に案内され、
「おばあちゃん扱い」と怒った。
野間谷村での最初の敬老会に招待されたのは、55歳以上。

世界保健機関(WHO)の定義では、高齢者とは65歳以上。
昨日まで64歳だったのに、誕生日を迎えた今日から
「高齢者=老人」と言われても、ピンとこない。
生物学的な「高齢者」の定義はあるのか?

創薬研究を行っているジーンケア研究所元副所長で、
「細胞寿命を乗り越える」(岩波科学ライブラリー)などの著書がある
サイエンスライターの杉本正信さんによると、
「老いとは、加齢とともに、特に生殖期以降、
肉体的、精神的に衰えること」。

杉本さんは老いの原因について、「細胞の機能の衰え」を挙げる。
私たちは生きている間、細胞分裂を繰り返している。
分裂するたびに、テロメアと呼ばれる染色体の端部分が短くなり、
ある長さに近づくと細胞は分裂できなくなり、やがては死ぬ。

この危機的状況をうまく利用して、がん細胞に移行するものも。
高齢者にがんが多いのは、その確率が高い。

「なぜ老化するのかは、学者の数だけ学説がある」、
東京都健康長寿医療センター研究所老化制御研究チーム
研究部長の田中雅嗣さんは、「細胞の老化には、
ミトコンドリアが関係している」という説。

「テロメアは、酸化的ストレスで短くなる。
その酸化的ストレスの大本が、ミトコンドリアだ」

ミトコンドリアは、細胞内の小器官の一つで、酸素を使い
体内のエネルギー通貨と呼ばれる物質アデノシン三リン酸(ATP)を
つくり出すため、ミトコンドリアからは酸素がもれやすくなる。
もれた酸素が、鉄と結びつき活性酸素となり、
細胞のたんぱく質や脂質、テロメアを攻撃する。

「細胞にさびができるようなもの。
女性は、貧血気味で体内の鉄分が少なく、酸化的ストレスも少ないので、
男性の方が老化が早い、とも言われる」

人が老い始めることについて、杉本さんは、
「閉経が老化への大きな節目」。
閉経は女性だけだが、「生殖を終えた後」という解釈で、
男女ともに45~50歳から老化が始まる。

「昔は、老化という考えはなかった。
野生動物は、肉体的に衰えれば命を落としやすくなる。
老化する暇もなく、死に至る。
人間も同じ。
老化は、文明の進歩によって、クローズアップされてきた問題」

田中さんも、「遺伝子的に考えれば、生物は次の世代を残せば、
個体としては消えてなくなってもいい。
生殖をしなくなってからの期間(後生殖期)が長いのが、人間の特徴」

それはなぜか?
「おばあちゃん仮説」というのがある。

子育て期間が長いヒトの場合、娘が出産の際に死んでも、
おばあちゃんが健在であれば、孫を育てられる。
長老の知恵により、群れ全体の生存が可能になる。
こうして子孫の繁栄に貢献するため、
長寿の遺伝子が選択されたという考え。

田中さんは、「老化現象が表れてくる60歳ぐらいまでは、
遺伝子の『保証期間』。
その後の『保証期間外』を、いかに上手に生きるかが老後」

◇定年後の10年は「黄金」--作家・堺屋太一さん

「江戸時代には、『老』という言葉は非常にいい意味だった」、
作家で元経済企画庁長官の堺屋太一さん(75)。
江戸時代には、「年寄」、「老中」、「大老」、「老女」などは
若くても偉い人に付けられたし、中国語の「老(ラオ)」、
英語の「old」も同じく良い意味を持っていた。
「好老社会」だったのだ。

戦後の高度経済成長で、規格大量生産の近代工業社会となり、
「好若嫌老社会」に。
「経験や思考よりも、新しい技術を吸収する学習能力や、
みんなと同じことが素早くできる身体能力が大切にされるように」

工業製品ばかりか、街も、教育も医療も規格化。
人間の人生も規格化され、教育を経ると、終身雇用の職場に勤め
貯金をして結婚。
2人の子どもをもうけて、マイホームを建てる。
60歳で定年退職したら、5年くらいで『老人』。
これは、規格大量生産を効率的にするために官僚が決めたこと。

今は、近代工業社会が崩壊しつつある。
老人であるか否かは、自分で決めればよい。
敬老の日は、自分を老人だと思う人が敬ってもらえばいい」

定年退職後の10年間を、「黄金の10年」と呼ぶ。
「世間の目を気にせず、好きなことを見つけて打ち込める。
10年かけて修業すれば、その分野での名物人材になれる。
70歳以降、趣味の仲間の長老的存在となり、
豊かな時を過ごすことができる」

「今の日本は、近代工業社会から『知価』社会へ移行する
苦しみの中にある」と堺屋さん。
知価社会とは、情報や芸能、サービスなど物を作らない
産業を重視する社会。
職種や能力により、40代で盛りを過ぎる人がいる一方、
70~80代になっても職種や趣味によっては現役でいられる人も。

47~49年生まれの世代が、間もなく65歳。
この世代を、「団塊世代」と名付けたのは堺屋さん。
圧倒的な数の力を持つ世代だからこそ、
今後も新しい時代を開拓する力を秘めている。

「これまで子ども向けの産業はあっても、高齢者向けはほとんどない。
団塊世代が好きなことをすれば、それがマーケットとなり、
供給も拡大する。
近代工業社会から脱し、子孫に『好老社会』を残すのが、
これからの高齢者の権利であり、責任

高齢者には、「好齢者」として頑張ってほしい。

http://www.m3.com/news/GENERAL/2010/9/14/125595/

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