2010年11月24日水曜日

遺伝子検査、手軽さと危うさ 科学的根拠乏しく、学会は過熱懸念

(2010年11月16日 毎日新聞社)

依頼に応じて個人の遺伝子を調べ、肥満や生活習慣病などの
可能性を予測するサービスが増えている。
予防への活用が期待される一方、高額な料金で科学的根拠が薄い
予測を出したり、子供の能力を調べる業者も現れた。

手軽さの半面、危うさもはらむ遺伝子検査ビジネス。
専門家でつくる学会が、国による監視を求める声明を発表するなど、
過熱を心配する声も。

東京都内のあるクリニックで、遺伝子検査を受けた。
腕に注射針を刺し、2mlほどの血を採る。
このクリニックは、血液を大阪市の検査会社「サインポスト」
送って調べている。

同社は、大阪大医学部発のベンチャー企業で、
肥満、糖尿病、脳卒中につながりやすい血栓など、
62種類の遺伝子を解析。
6000人以上の症例から導いた平均値と比べた、
その人の体質の「危険度」を判定。
1~2週間すると、結果がクリニックに送られ、依頼者に通知。
名前などの個人情報は暗号化。
1回3万1500円で受けることが可能。

人の遺伝子は、全体で約2万数千個。
遺伝子を調べると、何が分かるのか?

遺伝子検査ビジネスの多くは、病気との関連が明らかな
遺伝子を調べ、DNAの塩基配列を詳しく調べる。
調べる対象は多様。
たった一つの遺伝子の異常が引き起こす遺伝病もあるが、
がんは複数の遺伝子異常に、生活習慣などが重なって生じる
「多因子疾患」だ。
薬の効きやすさや副作用の出やすさといった個人差、
男性型脱毛症の可能性も分かる。

採血より手軽に、自宅でほおの内側の粘膜をこすり取り、
細胞からDNAを取り出す方法も。
サインポスト社長の山崎義光・大阪大先端科学
イノベーションセンター招聘教授は、「我々の遺伝子検査は、
確定診断ではなく、どんな体質を持っているか調べるのが目的。
特定の病気や症状へのリスクが高いと分かれば、
医師が指導し、食事や運動など生活習慣に注意することで、
予防に役立てられる」

遺伝子検査ビジネスを、疑問視する専門家も少なくない。
日本人類遺伝学会理事の福嶋義光・信州大教授(遺伝医学)は、
「有用性が証明されている検査はほとんどない」

多因子疾患リスクを調べる場合、発症に関係する遺伝子は複数。
一つの遺伝子を調べただけでは、発症に影響しているか、把握は難しい。

アルツハイマー病発症の危険因子、「アポリポたんぱく質E4(アポE4)」。
このたんぱく質を作る遺伝子を持つ人の発症リスクは、
持たない人の約4倍、実際には持っていても約9割が発症しない。

遺伝子検査の目的を、「あらかじめ危険性を知って予防する」と考えた場合、
有効な予防・治療法がまだないアルツハイマー病に関し、
遺伝子検査をする意義が問われる。

肥満の遺伝子検査にも、福嶋教授は疑問。
基礎代謝量に関係する複数の遺伝子を調べ、
太りやすい体質かどうかを調べるが、
肥満は遺伝より、食生活や運動など環境要因の方が大きく影響。
依頼者に、肥満予防のための健康食品などを勧める場合も。
その健康食品に、確実に効果があるという科学的根拠も示すべき」

実際、トラブルも起きている。
国民生活センターによると、遺伝子検査をめぐる相談は、
07年ごろから寄せられる。
40万円を支払い、がんに関する遺伝子検査を受け、
「がんの因子はない」と通知された依頼者が、2カ月後がんに。

特に問題視されているのが、子どもを対象とした遺伝子検査。
特定の遺伝子を、「知能や性格、能力に関係する」と見なし、
遺伝子を調べて潜在能力を予測。
韓国では、「十分な科学的妥当性がない」と、法律で禁止。

東京大医科学研究所の洪賢秀・特任助教(文化人類学)は、
「遺伝子検査の結果によって、親が子どもの進路を大きく変え、
子どもに不利益をもたらす可能性がある」と警告。

日本人類遺伝学会(中村祐輔理事長)は、
一般人を対象にした遺伝子検査ビジネスについて、
「科学的な根拠や有用性が確認されていない」と、
専門家による検証や国による監視体制を、
早急に構築すべきだとする提言をまとめた。

米国など多くの国が遺伝子検査ビジネスを規制、
日本は手つかずなのが現状。

福嶋教授は、「遺伝子検査の結果は一生ついて回り、
似た遺伝的体質を持った家族にも影響する可能性がある。
教育に使えば、子どもの可能性を狭める危険性があり、法規制が必要。
健康に関係する遺伝子検査なら、(科学的根拠に基づき)保険が
適用されるような医療の枠組みの中で実施してほしい」
……………………………………………………………………
◆日本人類遺伝学会の提言(要旨)

(1)一般市民対象の遺伝子検査には、臨床遺伝専門医などが関与
(2)消費者が不利益を受けないよう、遺伝子解析の意義や有用性などの
科学的検証を継続的に行う
(3)(学会関係者は)一般市民や学校教育関係者などに、
遺伝子検査がもたらす意味を教育・啓発し、遺伝子検査の理解が
促進されるように努力
(4)日本でも、遺伝子検査を監視・監督する体制の確立を早急に検討

http://www.m3.com/news/GENERAL/2010/11/16/128349/

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