2011年6月24日金曜日

正看護師の夢のむ 患者救った後に津波 きょう100カ日

(東海新報 6月18日)

未曾有の災害となった東日本大震災は、18日で発生から100日。
あの日、人を助けるために命を落とした人も大勢いた。

大船渡市出身で、名取市にある医院の准看護師だった
遊佐郁(かおる)さん(43)は、寝たきりの患者を救った直後、
津波に呑まれた。
正看護師の国家試験に挑戦していたという彼女の遺影には、
合格通知書が届けられ、関係者は悲しみを新たにしている。

遊佐さんは大船渡小、大船渡中、大船渡農高を卒業後、
千葉県の看護学校を経て、宮城県内の病院に就職。
この春まで、名取市にある岡部医院で訪問看護を担当。

地震直後、遊佐さんは亘理町荒浜の患者宅に向かった。
難病の女性が1人でおびえていた。
帰宅した夫と女性を2階に移そうと、階段で押し上げていた時、
波に呑み込まれ行方不明となり、1週間後に遺体で見つかった。

同僚の看護師は、「泥で汚れた体を清めた時の遊佐さんの顔が
忘れられません。つらいケアでした。
『看護師をやらなきゃ、へこたれていたら彼女に怒られる』と、
あの時を境に気持ちを切り替えました」

将来、独立して認知症ケア施設をつくるのが夢だった。
正看護師の国家資格が必要で、遊佐さんは昼夜を惜しんで
国家試験の勉強に励んでいた。

遺体が見つかった日から1週間後、試験に合格していたことが分かった。
埼玉県の叔父の家に、合格通知書が届いた。

遊佐さんの叔母で、大船渡市内に在住の後藤富子さん(77)は、
「郁ちゃんは、小さい頃に両親を亡くしましたが、
辛抱強い努力家で、勉強をしながら仕事をやっていた。
念願の合格通知書を手にすることもできないで、逝ってしまってかわいそう」

後藤さんのもとには、遊佐さんの〝生きざま〟を紹介した新聞が
関係者から届けられている。
記事には、患者たちとキャンプを楽しむ遊佐さんの笑顔の写真が。

後藤さんは、「あまり笑わない子ですが、表情が生き生きしている。
仕事をしている時や患者さんと接している時は、きっと楽しかったのでしょう」

http://www.tohkaishimpo.com/

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