2011年2月3日木曜日

[解説]健康・日本への道

(2011年1月26日 読売新聞)

記録的猛暑だった昨年夏、熱中症の救急搬送件数も過去最高の
約5万6000件に上ったことが分かった。

約半数は、65歳以上の高齢者。
独り暮らしの年金生活者が目立つ。

首都圏在住のある高齢女性は、暑さで衰弱し持病が悪化して
危機的状態に陥った。
寝込んでいたところ、心配した娘が駆けつけて命を取り留めた。
月約6万円の年金で、生活費も治療費も惜しみ、
40度近い室内にこもっていた。

低所得だと、健康に気遣うゆとりがなくなり、ぎりぎりの状態なので、
何か起こると瞬く間に大事に至る。
医療の機会も、奪われてしまう例は少なくない」

川崎市内で、地域住民にボランティア福祉活動を展開する
「すずの会」の鈴木恵子代表。

猛暑も、経済苦を直撃した。
日本に、「格差社会」という言葉が定着して久しい。
病気になった時、窓口での費用を気にして受診を控える人は
低所得者に多い。

病気になる前から健康状態に格差があるとしたら、
それも、自分の責任でない、生まれた時からの格差だとしたら……。

この問題に熱心に取り組むのは、
日本福祉大学の近藤克則社会福祉学部教授。

高齢者約3万人を対象にした同教授らの大規模調査では、
年収や受けた教育年数など、社会的条件によって健康状態に
明らかな差があった。

格差が最も顕著だったのは、男性でのうつ状態。
年間所得400万円以上の高所得層で2・3%に対し、
100万円未満の低所得層では15・8%と6・9倍の差。
睡眠障害、転倒経験率、健診受診率などにも明らかな差があった。

格差の影響は、低所得者、失業者など社会の底辺層にとどまらず、
社会全体に及ぶことも分かってきた。

山梨大の近藤尚己講師らが、日米欧などの研究をもとに
分析・検証した報告では、社会格差の指標となるジニ係数が、
格差が広く認識され始める目安とされる0・3を超えるあたりから、
健康への影響が強まり、0・05上がるごとに一人一人の死亡リスクが
9%ずつ増すと推計。
この傾向は、所得や年齢、性別によらず認められた。

日本では、格差のために失われている命が、
計算上年間2・3万人程度とはじき出された。

米国のように、貧富の差が大きい国ほど寿命が短く、
北欧のように貧富の差が小さい国ほど住民の健康水準が良い。
格差拡大が、社会全体の健康を脅かすことが検証されつつある。

世界保健機関(WHO)では1998年、所得、教育、就業状態などの
「社会経済的地位」が健康に影響するとした報告書
「健康の社会的決定要因」を公表。

欧州では早くから、健康の社会的格差について報告が相次いでいた。
生活の保障された公務員だけを対象に、25年間追跡調査した
英国の研究報告では、高級官僚からノンキャリアまで階層別に
死亡率を比べた結果、低階層では高階層の約2倍にも上り、
その傾向は退職後の70~89歳でも変わらなかった。

格差が広がり過ぎれば、連帯や相互信頼は薄れ、
人間関係の絆が切れて、社会から排除され孤立する人が増える
「無縁社会」を助長する。
そこでは、住民のストレスが増し健康が脅かされることも想像に難くない。

マーガレット・チャンWHO事務局長は、
「世界の健康の不平等をなくすよう努力してきたが、
WHO設立の48年より格差は拡大している」、
“健康優等生”日本に先導的役割を求めた。

日本社会は、足元から崩れつつある。
心して社会再生を急がねば、後に禍根を残すことになりかねない。

http://www.m3.com/news/GENERAL/2011/1/26/131550/

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