2011年6月9日木曜日

東日本大震災:母国カナダで援助金1000万円集め再来日

(河北新報 2011年6月4日)

宮城県女川町で、ALT(外国語指導助手)をしている
カナダ国籍のマイケル・ルジアさん(27)が、震災後に母国に帰り、
1000万円以上の援助金を集めて、日本に戻った。

同町には、太平洋戦争で日本軍に撃墜されたカナダ人大尉を祭る
碑があり、カナダと縁が深い。

ルジアさんは、「被災者への思いは、どの国も同じ。
この悲劇をきっかけに、ますます両国がつながれば」

ルジアさんは、バンクーバー市出身。
地元大学で日本語を学び、日本政府主催の国際交流事業で、
08年8月に女川町に赴任。
女川一中、二中、女川四小で英語を教えていた。

地震に遭遇したのは、二中の授業を終え職員室に戻った直後。
二中は、離島・出島(いずしま)の中央部にあるため、
津波襲来は知らなかった。

被害の深刻さを知ったのは翌日、救助に来た自衛隊のヘリの窓から、
海岸沿いを見た時。
「屋根の上で必死に助けを求めてる人や、動かなくなった人がいた。
この世のこととは信じられなかった」

3月24日に帰国。
被災地を知る数少ないカナダ人として、新聞やテレビ、ラジオなど、
20を超えるメディアから取材を受けた。

最初の4~5社までは、震災の悲惨さがフラッシュバックし、
感情が高ぶったことも。
それでも、最後に必ず寄付金を募ると、
計1000万円を超える援助金が集まった。

女川町には、1945年8月9日、町内で日本軍に撃墜された
カナダ人、ロバート・グレー大尉の戦没記念碑がある。

グレー大尉は、バンクーバー市近くのネルソン市出身で、
「カナダ軍最後の戦死者」として、同国内で勲章も受けた。
ネルソン市には、女川町から中学生が
毎年短期留学するなど、交流が続いている。

日本に再び戻ったルジアさんは、
「両国のこれまでの交流が、援助を後押ししたのかもしれない。
心のこもった大切なお金なので、援助金の使い方はこれから考えたい」

http://mainichi.jp/select/today/news/20110604k0000e040021000c.html?inb=tw

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