2009年10月2日金曜日

早大駅伝復活に学べ 負け癖なくした監督術

(日経 9月20日)

「負け癖」がついてしまった組織を立て直すのは
容易ではない。
今年の東京箱根間往復大学駅伝競走で、
2年連続総合2位になった早稲田大学競走部も、
2006年までは低迷。

日本能率協会の経営誌「JMAマネジメントレビュー」
編集部記者で、早大駅伝チームの渡辺康幸監督と
親しい伊田欣司氏に、再建の秘訣について寄稿。

1月3日、東京・大手町では、えんじ色のランニングシャツを着た
早大の選手が、トップを走る東洋大学の選手を追い上げていた。
期待されていた総合優勝こそならなかったが、
2年連続の総合2位という結果は、駅伝ファンに
名門復活を強く印象づけた。

「この時期に監督を引き受けるのは、貧乏くじをひくようなもの」
04年、早大駅伝チームの監督に就任した渡辺氏は、
周囲にこう心配された。

この年の箱根駅伝で、早大はチーム史上ワーストタイの16位。
上位10位までのチームに与えられるシード権
(次の年に優先的に出場できる権利)を、2年連続で逃した。
チームの状況はどん底。

渡辺監督は、早大時代に3年連続で区間賞を獲得するなど、
「箱根駅伝史上最強ランナー」と呼ばれた。
29歳で競技生活から退き、母校のコーチを1年務め、
駅伝監督に就任。
貧乏くじと心配された監督就任だが、再建への意欲がみなぎっていた。

だが、その意欲は空回り。
就任直後に採り入れたのが、スピード重視の練習メニュー。
あまりにハードな練習に、故障者が続出。
渡辺監督は、「自分の成功体験を押しつけてしまった」

05年の箱根駅伝は11位、06年も13位、
低迷状態を脱することはできなかった。

理想のチームに近づけるには、どこから変えればよいのか——。
渡辺監督は、チーム状況をもっと深く知ろうと、
学生たちが暮らす競走部の寮に移り住んだ。
冷暖房もない応接室に、1年半近く寝泊まりし、
学生たちとじっくり話し合った。

「選手一人ひとりの状況をつかむ一方、
どのようなチームにしたいのかを語った。
(寮に住んだことが)選手との信頼関係につながったと思う」

選手との意思疎通を密にしていく中で感じたのが、
意識と実力のギャップ。
特に、目標設定に問題があった。

選手たちが口にするのは、箱根駅伝での優勝。
だが、シード権すら獲得できないという状況からは
あまりに遠い目標。

「実現への道筋が見えないのは、目標ではなく、夢でしかない。
自分たちが置かれている現実に目を向けてほしかった」
渡辺監督は、選手一人ひとりに、タイムや試合成績など
具体的な目標を細かく刻んで設定。

達成できれば、また次の目標を設定。
小さな成功を積み重ねることで、選手たちは自信を持つように。

選手の自主性と自己管理を重んじるのが、渡辺流の指導法。
日々の練習や試合結果で、学生たちをしかることはほとんどない。
自主性を尊重しているから。

ただし、自己管理を怠ったときは別。
特に体調をうまく調整できず、病気やケガを隠して
試合に出場したときは表情が一変。

現役時代に故障で苦しんだ自らの経験のせいもあるが、
「厳しい指導者から離れた途端、成長が止まった選手を
何人も見てきた」から。
「日々の指導でいえば、僕は日本一テキトウな監督。
選手たちが自ら成長し、チーム力が高まっていくのが理想の姿」と
渡辺監督は冗談を交えながら自己分析。

次回の箱根駅伝は、監督として6度目。
周囲は、より高い成果を期待。
「箱根は甘くない」と気を引き締めながら、
自身が大学1年生の年以来、17年ぶりの総合優勝を目指す。

◆「観察→質問→傾聴→助言」士気向上のコツ

リーダーシップとコーチングに詳しい日本能率協会経営ソリューション
本部の中島克紀・担当部長の話

渡辺監督は、チームの意識改革を促した際、
「観察→質問→傾聴→助言」のコーチングサイクルを回した。
このことが、選手たちのモチベーションアップにつながったのでは。
企業の管理職にとっても、参考になる手法。

選手たちの目を、箱根優勝という夢から現実的な目標に向けさせた。
企業の人事手法では、「チャンクダウン(目標の細分化)」
着実にステップアップさせる手法は、部下の育成にも通じる。
一方、優秀な選手には国際試合に出場させるなど、
世界のトップレベルを体感。
一人ひとりに適切な目標を設定するやり方は実に巧み。

現役時代、物おじしない発言で周囲の注目を集めたが、
指導者としては非常に繊細なタイプ。
栄光だけでなく、何度も故障を繰り返した挫折の経験が生きている。

http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/bizskill/biz090918.html

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