2010年8月16日月曜日

特集:内モンゴルの荒れ地に森と笑顔を 10年間、豊かに結実

(毎日 8月8日)

砂漠化が深刻な中国・内モンゴル自治区で、10年間の
日本の産学協同の植樹プロジェクトが区切りを迎え、
宮脇昭・横浜国立大名誉教授ら、最後の植樹祭が開かれた。
今後は、地元自治体が住民参加で事業を継続する。
緑地を失った乾燥地で、植生の回復は可能か?

◇苗木と友好、すくすくと

「荒れ地が緑で覆われるのを見ると、感動します」
植樹祭に参加し、土を意識して触ったことがなかった女子中学生は、
乾ききった土の感触を確かめながら、ポット苗を植えた。
幼児の娘を抱えた母親3人は、宮脇さんのアドバイスを受けながら、
娘に植え方を教えていた。

このプロジェクトは、横浜市立大の藤原一繪特任教授の研究室と、
蜂蜜製品メーカーの山田養蜂場が、2001年から始めた。

04年、同自治区の首都・フフホトで2万本を植樹後、
05年、北京から北北東約400kmの林西県の県林業局富林林場に移し、
計27万本を植えた。

植樹祭は、県人民政府主催で同林場で開かれた。
気温35度。乾燥地のため、太陽が照りつけるわりには汗が出ず、
格好の植樹日和。
開会式には、県幹部や宮脇さん、藤原さんらが出席。

県人民政府の王春艶・副県長が、「林西県は、かつて緑豊かだったが、
長い間の人間による経済活動で、森林が破壊された。
荒れ山の自然林回復に向け、交流の発展を望んでいる

山田養蜂場の立藤智基・執行役員が、
苗木がこの地で根を張り、日中友好も広がっていくことを願う

植樹場所は、林場丘陵部の約3300平方メートル。
県立第3中学1年生200人と地元住民、日本の植樹ツアー参加者ら
総勢約300人が、リョウドウナラやニレ、アンズなど
土地本来の6樹種計5万本を植えた。

県立第1高校1年の劉博文さん(15)は、今年も夏休みを利用し参加。
「ここは、私が生まれ育った場所。
少しでも緑が豊かで、きれいな町にしたい」

岡山市小串の中島莞爾さん(69)は、
「岡山でも、年々黄砂の頻度と量が増え、中国の砂漠化を心配。
言葉は通じなくても、若い世代と植樹するのは楽しい」

◇渇水・風・寒さとの闘い、住民も参加

林西県は、同自治区東部を縦断する大興安嶺山脈の南麓、
人口は24万人。
最近は、年間250mm前後しか雨が降らない。
表土は、降雨が夏に集中し、流出しやすく、
乾燥期の強い季節風によって吹き飛ばされて薄い。
冬は、氷点下30度、耕作地が限られ、生産性が低い。

同自治区出身で横浜国大の留学生、ボルジギン・ナランゴワさん(32)、
農家の平均年収は9000元(約12万円)、
内モンゴル自治区でも典型的な貧困地域。
農地転用や過放牧など、人間の生産活動によって土地が荒廃し、
さらに貧困が増す悪循環に。

植樹は、「ふるさとの木を植える」、「混植・密植で樹木の成長を促す」
という宮脇さんの方式で実施。
宮脇さんや藤原さんらは、同自治区内を調査、
主木となるリョウドウナラなど、土地本来の樹種を明らかに。

植樹は渇水と強風、寒さとの闘い。
落葉広葉樹は、枝が横に広がらないため、
間を空けて植えると、密植効果が薄い。
間隔を置いて、四角い穴(50cm×80cm)を掘り、
穴に5本の苗を植えることで湿度を保ち、競り合い効果で成長を促した。

苗木の根元全体に、稲わらを厚めに敷き詰め、
乾燥と冬の気温低下の影響を抑えた。
苗作りでは、冬はビニールハウスに練炭火鉢を持ち込み、苗木を促成。

工夫が実り、06~07年に植えた場所はすでに茂みに成長、
2mを超える樹木も。
宮脇さんは、「全般に順調に成長している」

同林場長は、「ここの荒れ地は、ポプラなどの経済林の樹木を
植えても育ちが悪かった。
宮脇方式だとよく育つ。
住民参加が基本のため、環境保全の認識を広めることができる

同林場では、ポット苗の生産の一部を農家に委託。
植樹作業や初期管理にも住民を雇用、地域住民の収入源に。
ドングリは豚のえさになり、アンズは杏仁豆腐の材料になり、
落葉広葉樹の植樹は地域経済の振興にもつながる。

◇砂地化進む中国 「退耕還林」に転換

中国では森林を伐採し、農地を広げる食糧増産政策を続けてきた結果、
洪水や干ばつが頻発。
中国政府は、急斜面の農地を元の森林や草原に戻す
「退耕還林(還草)」政策を導入、内モンゴル自治区を含む
17省・自治区で実施。

内モンゴル自治区の砂地化は、家畜が草を食べ尽くす過放牧や
農地拡大が要因、中国建国(49年)で「往来規制」がなくなり、
中国人が流入し、人口が急増したことが背景。

食糧や住居地の確保のため、草原が開墾されたが、
草原は元々やせ地で農業に適さないため、
耕作放棄地が増えて砂地化が加速。
同自治区は、退耕還草政策の一環として、牧草の成長が
安定するまで放牧を禁じたり、放牧を一定区画に限定する措置。

牧畜民を都市部に移住させる、「生態移民政策」を導入。
自治区の東南部にある赤峰市の再開発地区には、移住を促すため、
家賃を安く抑えた真新しい高層住宅が並ぶ。

林西県の北西部にあるシリンホト周辺の草原に点在する
牧畜民の住居は、空き家や廃屋が目立つ。
同国立大留学生、李強さん(29)は、「移住者はフフホトなど大都市で、
観光業に転職したりしている」

◇藤原特任教授、砂丘でも植生回復

藤原一繪特任教授らは6月23~26日、林西県南東部の
「ホルチン沙地」(約506万ha)西域の砂丘で植生や土壌を調査。

横浜国大大学院の持田幸良教授(植物生態学)、
同大非常勤講師で大成建設技術センター水域・環境研究室の
藤原靖室長(環境土壌学)、
中国・内蒙古包頭師範学院の
樊永軍講師(植物分類学)らが参加。

ホルチン沙地は、年間降雨量が350~480mm、
冬は気温が氷点下30度まで下がる。
林西県から約106km、翁牛特旗の県政府所在地・烏丹を拠点、
風で全体が移動している砂丘や、砂の動きが抑えられ固定した砂丘などで、
植生状況や砂中の含水率、特徴を調べた。

調査の結果、砂丘頂上部は30cmほど掘っただけで湿り気があった。
低地では、フーシャーヨモギなど多年草の生育場所周辺の砂地が
盛り上がっており、草が砂の移動を抑えている。

固定化した砂丘の砂地には、砂より細かい細粒の割合が多かった。
細粒は、カリウムなど植物の必須元素を含み、養分や水分を吸着。
「固定化が進む砂丘では、細粒が、草などが分解してできた
有機物と混ざり合い、多様な植物をはぐくむ土壌ができつつある」

「砂丘でも、かつて草地や森林だった場所なら、
まず草で砂の移動を抑えた後、土地本来の植物を植えれば、
元の植生を回復することが可能。
降雨量の少ない林西県のような地域でも、
土壌が砂地でなく土であれば、植生は回復できる

藤原特任教授は、7月2日に中国安徽省淮北市を訪問、
2011年から5年間、同市で宮脇方式による植樹を実施する
プロジェクトについて、市政府と調印。

淮北市は、石炭の露天掘りで知られる。
森林伐採など、悪化した都市環境の改善を迫られ、植樹に取り組む。
林西県のプロジェクトと同様、山田養蜂場と共同し、
荒れ地が広がる同市烈山区の大黄山と淮北師範大の新キャンパスで、
土地本来の樹木10種類を年間4万本ずつ、計20万本を植える。
==============
◇山田養蜂場

蜂蜜製品のほか、健康食品や化粧品も製造販売。
01年、本社屋の建設工事に伴い、敷地周辺を宮脇方式で植樹、緑化、
来月18日、岡山県にて、宮脇さんが指導して植樹祭を開く。
海外では内モンゴル自治区、ネパールでも99年から社員らが
植樹活動を展開。
==============
◇ふじわら・かずえ

横浜市立大大学院生命ナノシステム科学研究科特任教授、
横浜国立大名誉教授。専門は植生生態学。
同国立大で、宮脇昭氏から潜在自然植生理論を学び、
以来、土地固有の自然植生の再生について研究や実験を続けている。

http://mainichi.jp/life/today/news/20100808ddm010040002000c.html

0 件のコメント: