2010年8月17日火曜日

スポーツ政策を考える:來田享子・中京大教授(スポーツ史)

(毎日 8月7日)

日本のスポーツ政策が、生涯スポーツと競技スポーツという
二つの柱で成り立っているのに対し、
欧州のスポーツ政策は、スポーツが持つ社会的機能に注目、重視。

移民や人種差別、貧困などの問題を解決する間接的手段として、
スポーツが活用されている。

経済的な階層の下に追いやられ、教育も十分に受けられない人たちは、
スポーツへのアクセスも狭められてしまっている。
生きていくのに精いっぱいな人たちに、
スポーツを経験させることには異論もあるだろう。

食べ物や寝る場所を提供したから、仕事を探しに行け、
と言うだけではだめ。

一度社会から脱落してしまった人たちは、自分が生きていること、
自分が社会の一員として存在していることを実感し、
そこから自分にも何かできるかもしれない、と思えるようにならないと、
なかなか立ち上がることができない。

そういうことを理屈ではなく、身体で感じさせる
機能を持っているのが、スポーツだ。

日本でも今後、すべてのマイノリティー(社会的弱者)に対する
社会政策の中に、スポーツを取り入れていくことを検討した方がいい。

欧州議会の議事録を調べたことがある。
スポーツというキーワードで検索すると、スポーツ政策への
さまざまな提言書のほか、DV(家庭内暴力)やジェンダー、
労働、宗教、文化などさまざまな分野のものがヒットする。

それだけスポーツは使い勝手がいいということで、
他の政策の中で使ってもらえばいい。

日本では、厚生労働省が健康政策の一環で取り扱っているが、
労働雇用政策の中での自己実現のツールとして使うこともできる。
生活保護を受けている人たちが、自分の体に適したスポーツをして
他の人たちとかかわることで、自分の居場所を見つけ、
誰かの役に立ちたいと思うようになる。

本来スポーツとは関係ない人たちから、
スポーツ政策に提言してもらう。
つまり逆照射だ。
それをスポーツの人たちが統合していく。
その方が発想が豊かになり、広がっていくのではないか。

大学でも、100年後を考えてスポーツしている学生はなかなかいない。
自分の好きなスポーツを楽しむこと、自分の技術を上げることは大事。
学生には、100年先のスポーツ、スポーツを通じて変えたい、
実現したい社会を思い描いてほしい。

そうでないと、日々のしんどさ、技術獲得だけで終わってしまう。
スポーツを通して、100年先の社会を思い描くことが
体育系学部の使命だと思う。

Jリーグは、「百年構想」を掲げて、誰もが気軽にスポーツを楽しめる
環境作りを目指している。
日本のスポーツ界にも、「百年構想」が必要だ。
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◇らいた・きょうこ

1963年生まれ。神戸大卒。
「スポーツ・ジェンダー学への招待」(共著)。
日本スポーツとジェンダー学会理事長。オリンピック教育も研究テーマ。

http://mainichi.jp/enta/sports/general/archive/news/2010/08/07/20100807dde035070030000c.html

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