2008年10月15日水曜日

つながる生命(下)照葉樹林守った「知恵」

(読売 10月10日)

シイやカシのこずえが、天を覆う石畳の道をゆく。
朝露にぬれ、フジつるが絡む昼なお暗い照葉樹の森。
沢のよどみにトノサマガエルが身を潜め、切り株の根元を青大将が横切った。

奈良市街の東に鎮座する春日大社。
裏手に控える御神体の「御蓋山」を取り囲むように、
「春日山原始林」が広がる。

地元の人たちが、今も「神の山」と敬う聖域である。
「続日本後紀」によると、狩猟や伐採が禁じられたのは841年。
以来ほぼ手つかずの自然が保たれてきた。
そのほとんどは、今も一般の入山が許されていない。

なぜ先人は森を守ろうと決めたのか?
鹿島大明神が御蓋山に降臨したという伝承を別にすれば、
水がカギを握るとの見方が有力。

春日大社禰宜の今井祐次さん(47)によると、
原始林一帯は古都奈良の水源。
春日大社を挟んで流れる能登川と水谷川は、別々の河川に流れ込んで
名前を変え、それぞれ佐保川と合流。最後は、大和川となって大阪湾に注ぐ。

御蓋山の山頂には本宮神社、奥山の尾根筋にも社が点在。
御神体山に向かって、神職が唱える祝詞が毎朝、春日大社の本殿に響く。
厳かな光景は途切れることなく続いてきた。

森を敬う文化は、アジアの各地にある。
東京のNPO「ヒマラヤ保全協会」が植林活動を続けてきた
ネパール西部のナンギ村。
事務局長の田野倉達弘さん(45)は、村人から深い緑の森に案内。

人口増による薪炭材の需要増で、森林破壊が進む風景のなか、
そこだけは苔むす倒木が折り重なる照葉樹林。
「デウタ」という神が住むと村人が信じる森には、泉もわき出していた。

暮らしの基本は、焼き畑や水田農業。
納豆やモチを好んで食べ、漆や養蚕の技術にも優れる――。

ネパールからブータン、中国中南部を経て、西日本まで続く照葉樹林帯。
民族植物学者の中尾佐助(1916~93)は、
この一帯の文化や習俗に共通点を見つけ、「照葉樹林文化」と名づけた。
独自の文化論は、宮崎駿監督のアニメーション作品にも大きな影響を与えた。

アジア各地を調査した国立民族学博物館の佐々木高明名誉教授は、
「照葉樹林文化の底流にあるのは、伝統的な焼き畑農耕。
そこに共通するのは、神々が支配する森林を借り、
耕作の後に再び神に返すという考え方。
水田農業にも、里山の多様な自然と共存する知恵が生きている

森は水を蓄え、多様な生き物たちをはぐくむ。
アジアの森林破壊に歯止めをかけるため、
先人の知恵に学ぶべき点は少なくない。

http://www.yomiuri.co.jp/eco/kankyo/20081010-OYT8T00469.htm

0 件のコメント: