2008年10月12日日曜日

つながる生命(中)海育てる 漁師の憲法

(読売 10月9日)

サザエは、殻の穴の直径が500円玉より一回り大きいもの以上、
アワビは殻の直径が10センチ以上に限る――。

大分県北部の国東半島沖に浮かぶ姫島(人口2500人)。
日に焼けた漁師たちが、大分県漁協姫島支店(姫島漁協)に集まり、
翌月から始まる潜水漁のルールに合意。

島には、乱獲を避けるため、明治時代から守り続けられた「憲法」がある。
漁期、操業海域、漁法を細かに定めた「漁業期節」。
魚介類の成長や資源量を踏まえ、毎年12月の漁協総代会で正式に決まる。

年間24日は一斉休漁日。
キスやクルマエビの刺し網漁は、小さい個体をとらないよう、
網目が一定以上の大きさのものしか認めない。
魚を一網打尽にする底引き網漁は一切禁止。

「明治時代、『鯛縛り』という漁法があってな。えらいとれた。
それで、決めごとをやめてしまった時期もあったそうや。
でも2、3年ですぐとれんようになった。苦い経験や」

漁協運営委員長(組合長)の北村昭雄さん(61)は、
和紙に記された漁業期節の束をめくり、
「先人の苦闘が刻まれとる。大きくは変えられん」

「小漁業者ニトリマシテハ死活ニ関スル一大問題……」。
戦前の古文書つづりには、困窮する漁師が規制の緩和を求めた
陳情書がとじ込まれている。
1年の漁獲を左右する総代会が激論になるのは、今も昔も同じ。

島では、クルマエビ、カレイなどの稚魚が毎年300万匹も放流。
「育てる漁業」も、水産資源管理の重要な柱である。

組合長室に、1枚の肖像画がある。
明治中期、姫島で森林組合を創設した中條石太郎(1847~1900)。
薪炭材の需要増で、森林破壊が進んだ時代。
漁協幹部でもあった中條は、私費で見張り番まで雇い、
水産資源保護につながる森の伐採禁止を訴えた。

森林の腐葉土層は、プランクトンや海藻に必要な養分を供給する。
「魚付き林」の大切さを説いた先人を、漁師たちは今も親しみを込め、
「石太郎さん」と呼ぶ。

緑が戻った島で、80年代以降に猛威をふるった松食い虫。
被害木を1本ずつ切り出し、浜に運んで焼く。
伐採跡には、シイやケヤキが植林。
搬出には漁師を始め、多くの島民が協力。
漁協青年部は被害木で魚礁を作った。
ここ数年、被害は下火になっている。

ハタハタの不漁に泣いた秋田の漁師は、禁漁に耐えて漁獲の回復を果たし、
宮城の漁師や市民は、漁場に流れ込む川の上流の山に木を植え続ける…。
漁業と共存する「里海」を取り戻そうという活動が、全国で動き始めている。

http://www.yomiuri.co.jp/eco/kankyo/20081009-OYT8T00347.htm

0 件のコメント: