2009年12月14日月曜日

「25%削減」が開くパンドラの箱

(日経 2009-12-08)

「ともに苦労してきた仲間のことを考えると……」、
「できればどこか他のチームに……」
11月4日に発表された、トヨタ自動車のF1撤退

記者会見で言葉に詰まり、大粒の涙をこぼした
山科忠専務の姿は同社のみならず、
自動車業界全体の苦悩を強烈に印象づけた。

米サブプライムローン問題を引き金にした世界的な
金融危機が、昨年9月のリーマン・ショックで一気にエスカレート。
2009年3月期、トヨタの連結純損益は4369億円の巨額赤字に転落、
10年3月期も2000億円の赤字を予想。

自動車の年間生産台数で、トヨタが米ゼネラル・モーターズ(GM)を
抜いて「世界一」の座を奪ったのは、わずか2年前。
豊田章男社長が、矢継ぎ早に打ち出す体質改善策の背後に
強い危機感が垣間見える。

「“リーマン・ショック”よりも、“鳩山イニシアチブ”」。
自動車産業の動向を注視するアナリストから最近、
こんな声が漏れてくる。
不況の深刻化による需要不振は、景気サイクルに伴って克服できるが、
価値観の変化は容易にフォローできない。
鳩山由紀夫首相が、表明した温暖化ガス25%削減(1990年比)目標が
「長期的に、既存の自動車メーカーの地盤沈下につながる可能性がある」
との観測が、アナリストたちの間に広がっている。

クリーンかつ低燃費の「環境にやさしい車」といえば、
日本の自動車メーカーの「専売特許」。
麻生太郎前首相時代に導入されたエコカー減税の効果で、
最も恩恵を受けたのは、トヨタ「プリウス」、ホンダ「インサイト」
といったハイブリッド車(HV)で、昨今の好調な売れ行き
(09年4~9月累計販売ランキング、「プリウス」11万6298台で首位、
「インサイト」5万5845台で3位)をみると、
「地盤沈下」というイメージは抱きにくい。

「HVが売れても、浮かれてはいられない」というのが
自動車各社の共通認識。
鳩山首相の「25%削減」表明が、近未来の自動車市場の主役を、
HVから電気自動車(EV)へと、さらに1歩進めてしまった感。

市場に漂う雰囲気の、微妙な移り変わりを如実に示している例。
三菱自動車が、「世界初のEV量産車」として、
個人向け予約を開始した「i−MiEV(アイ・ミーブ)」。
2度のリコール(無償回収・修理)事件とダイムラークライスラーによる
支援打ち切りの後遺症で、いまだにバランスシート(貸借対照表)にも
P/L(損益計算書)にも問題をはらんでいる同社だが、
「世界初」を看板に掲げたアイ・ミーブへの注目が国内外で高まり、
仏プジョーシトロエングループ(PSA)との資本提携への動きなど、
EVがもたらす業界再編の台風の目。

HVで遅れを取った日産自動車も、EVでの巻き返しを
虎視眈々と狙っている。
5人乗り小型車「リーフ」をはじめ、EVを10年には国内で5万台、
12年に米国で15万台を量産する構想を、
カルロス・ゴーン会長兼社長が打ち出している。
アイ・ミーブで先駆けた三菱自動車を一気に抜き去り、
EVのトップメーカーに躍り出る計画。

HVで先行したトヨタやホンダが、近未来市場では振るわず、
主役の座はEVを切り札にした日産や三菱が取って代わるのか——。
「世界の自動車メーカーが警戒しているのは、同業の既存の
ライバルメーカーではなく、異業種やベンチャー企業」。

自動車の基幹部品といえば、ガソリン車はエンジンであり、
EVならばモーター、HVは両方を備えるのだが、
モーターに関して、既存の自動車メーカーは内製化よりも
外部の電機メーカーなどに依存しているケースが多い。
三菱自動車のアイ・ミーブの駆動用モーターを製造しているのは
明電舎で、マツダが今年発売した水素HVのミニバン「プレマシー」の
駆動装置は安川電機が開発。

生産者の立場からみて、ガソリン車(HVを含む)から
EVへの移行で、最も劇的に変わるのは部品の数。
現行のエンジン搭載車の部品数が3万〜10万点に達し、
EVはおおむねその5分の1以下。
EVの普及が進めば、10年後にはエンジン周りを中心にした
既存の自動車部品メーカーの売り上げが激減するとの予測。

部品数の減少は、製造工程の単純化につながる。
明電舎や安川電機のような重電メーカーが、
EVの完成車メーカーに早変わりすることも十分可能で、
証券市場ではそうした銘柄の「自動車産業への新規参入」をにらんだ
思惑買いを囃し立てている向きも。

製造工程の単純化は、ベンチャー企業参入のハードルを下げる。
米国でEV市場の主役として、テスラ・モーターズ(カリフォルニア州)、
フィスカー・オートモーティブ(同)などが頭角。
テスラ社には、米グーグルの2人の共同創業者や独ダイムラーなどが
出資し、2011年に量産車を売り出す予定。
フィスカーは、10月にGMの旧ウィルミントン工場(デラウェア州)を
買収し、2012年に量産を始める。

日本でも、高性能EV「エリーカ」の開発者として知られる
慶大の清水浩教授が、今年8月に新会社「シムドライブ」設立。
ベネッセコーポレーションや丸紅などが出資、
出井伸之・元ソニー社長や福武総一郎ベネッセ会長らが経営に参画。

シムドライブは、駆動モーターの基幹技術を公開。
提携先企業に提供しながら、2013年までをメドに
EV(5人乗りの量産車)の開発を目指す。
「オープンソース」のビジネス形態で、実現すれば、
自動車産業の地図は大きく塗り替えられる。

日本では、半ば「夢物語」に聞こえたEVベンチャーの構想が、
鳩山政権の「25%削減」目標で現実味を帯びる。
パンドラの箱は、徐々に開かれつつある。

http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/mono/mon091203.html

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