(2010年7月7日 共同通信社)
「家族と離れて独り暮らしだけど、彼女だけは会いに来てくれる」
診療室代わりの涼み台の上で、血圧を測ってもらった
シャプン・ゴタン(90)は、深いしわを刻んだ笑顔で
感謝の気持ちを語った。
老人介護のボランティアを続けるシ・ヤブスカヌン(38)は、
島のお年寄りたちにとって天使のような存在。
台湾南東部の離島、蘭嶼(らんしょ)は、先住民タオ族約3千人が
住む自然豊かな熱帯の島。
保健所の看護師シ・ヤブスカヌンは、長い髪をなびかせ、
体温計や血圧計を積んだスクーターで島内を巡回。
「老人は不吉で、アニト(悪霊)を引き寄せるから、近づいてはいけない」
老人たちは、一定の年齢に達すると、子供や孫に災難が及ぶのを恐れ、
自ら別居して近くの小屋などに引きこもった。
食事は子供たちが届けるが、十分な世話を受けられないまま、
さびしく亡くなる老人もおり、日本の棄老伝説「うば捨山」にも例えられた。
1997年、シ・ヤブスカヌンは保健所の新たな業務として、
迷信のタブーを破って訪問看護を始め、老人たちの惨状を目の当たりに。
「わたし一人では手が足りない。みんな力を貸して」
彼女は、介護を行うボランティア・グループを創設。
保健所と連携し、今ではキリスト教徒のメンバー約70人が
老人の体をふいたり、洗髪や掃除などの介護を行うようになった。
島民たちは、アニトを恐れないシ・ヤブスカヌンたちを気味悪がり、
「財産狙いか」とささやき合った。
「親の世話は自分でする。余計なことはしないでくれ」と怒る者もいたが、
辛抱強く説得しながら介護を続けた。
神だけが支えだった。
敬虔なキリスト教徒の彼女は、神とともにアニトと闘った。
ある日、長く病床にあったおばあさんを訪ねた。
閉め切った寝室に入ったとたん、腐敗と排せつ物の強烈なにおいが
鼻を突いた。
掛け布団をめくると、ウジが体の至る所に巣くっていた。
寝返りが打てず、ひどい床擦れも起こしていた。
虫がきらいなシ・ヤブスカヌンは鳥肌が立ち、
そこからすぐに逃げ出したいと思った。
震えながら神に祈った。
「不思議なことに、まるで体に充電されたように力がわいてきたわ」
彼女は、ウジをすべて取り除いた。
おばあさんは4日後、「清潔な体で天国へ行った」
4年後、お年寄りの暮らしとボランティア活動を紹介する
ドキュメンタリー映画「悪霊に直面して」を制作、上映して啓蒙に努めた。
地道な努力により、訪問介護は次第に島民の支持を得た。
「とても勇敢な娘だ。
看護の知識とキリスト教信仰によって、迷信を打ち破った。
容易なことではない。心から敬服する」
シ・ヤブスカヌンが通うキリスト教会の牧師
シャマン・ガーライー(55)はたたえた。
蘭嶼で生まれ育ったシ・ヤブスカヌンは、台湾台中市で看護学を学び、
22歳の時に島に戻った。
「大好きな故郷へ帰るのに、何のためらいもなかった。
島ではみんな和気あいあいと暮らしているけど、
都会の人は互いによそよそしい」
3年前、ボランティアの「同志」で、台湾本島出身の漢民族、
楊文彬(45)と結婚。
「第一の条件は、夫が蘭嶼に移り住んでくれること」と、はにかんだ。
▽タオ族式
お年寄りの世話を始めて十数年、迷信や伝統文化についての
考えも少しずつ変わってきた。
「以前は、人命を軽視するような迷信がいやで仕方がなかったけど、
今は迷信や風習とうまくつき合いながら、よりよい医療や介護をしたい」
行政当局は、終生型老人ホームの建設を計画、
シ・ヤブスカヌンたちは反対。
老人たちは、「人が亡くなった部屋にはアニトがいる」と考え、
住もうとしない。
一部屋ずつ使えなくなっていく恐れがあるからだ。
「老人たちが住む粗末な小屋に、水道や電気を通すなど
環境の改善に予算を使った方がよい」
将来の夢は、老人の孤独や退屈さを癒やす日帰り施設の設立。
シ・ヤブスカヌンたちは、タオ族式の介護を目指しながら、
アニトと闘い続けている。
http://www.m3.com/news/GENERAL/2010/7/7/122545/
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