2008年10月22日水曜日

創造力を伸ばす知的交流を

(日経 2008/10/17)

◇江崎玲於奈(横浜薬科大学長、茨城県科学技術振興財団理事長)

今年のノーベル賞の日本の受賞者4人に共通しているのは、「若さ」だ。
物理学賞の南部さんが39歳、小林さんが28歳、益川さんが33歳、
化学賞の下村さんが32歳のときに授賞理由となった研究成果を上げた。
私が(1973年の物理学賞の授賞理由となった)半導体のトンネル効果を
発見したのも32歳。

若さこそが伝統にとらわれず、境界や限界を無視する
自由と果敢な実行力の源であり、創造力が発揮される。
年とともに、既成の枠を飛び出す勇気を失う。

◆創造力開花の条件

私は戦後すぐ、半導体物理の研究に取り組んだ。
今でこそIT(情報技術)社会の基本技術として花開いているが、
当時はその揺籃期。
基本原理である量子力学を理解できる人は、ごくわずか。
量子力学を応用した電子デバイスの開発を目指した。
これは、大変新しい試み。

新しい分野なら、創造力さえあれば、恵まれない研究環境であっても、
大きなハンディにはならない。
若手がこうした新分野を開拓できれば、今後も日本のノーベル賞受賞者が
途切れることはないだろう。

創造力を伸ばす条件は、3つある。
伝統を打ち破る大胆な気風、他者との自由な知的交流、
評価が公正に下される競争的環境。

特に、リーダーが自分たちを乗り越える若手を育てることが大事。
日本は、95年に立案した科学技術基本計画で、
膨大な資金を投じて研究環境の整備に努めているが、
創造力開花の条件はまだ満たされていない。
日本の大学教育にしても、創造力よりは知識力を重視している。

◆産業界との結び付きを強めよ

科学技術基本計画は、日本の科学技術の強化を狙い、
「50年間に30人のノーベル賞受賞者」を掲げている。
これも1つの目標だが、産業界との結び付きを無視してはいけない。

日本の博士号取得者の約20%が、企業に身を置く。
米国の比率は約40%、しかもダイナミックで有能な人材が企業で働く。
日本でも、博士号取得者がもっと企業に進み、
そこで創造的な仕事ができるように環境整備すべき。

“知の世紀”に、博士号取得者の就職難があってはならない。
20世紀最大の発明の1つ、トランジスタは米AT&Tベル研究所で生まれた。
そこでは、基礎と応用の双方で異なる専門分野の研究者たちが
一堂に会し、総合力を発揮した。
一国一城の主が集まる大学では、こうした発明は難しい。
日本でも、日立製作所やNECのような企業は創造的な技術開発を重視。
企業だからこそできる発明に、もっと挑んでもらいたい。

◆「頭脳流出」の要因、検証を

今回気になったのは、南部さんと下村さんの「頭脳流出」組。
キャリアを積む過程で、産業界はもちろん、大学でも自由に研究できる
ポジションが日本になかった。

オワンクラゲから緑色蛍光たんぱく質(GFP)を見つけた下村さんは、
「日本では、たぶんGFPを発見できなかった」。
これはかなり手厳しい発言。
自由な研究を阻害する要因が何だったのか、
今はどうなっているかを検証すべき。

私の場合、半導体のトンネル効果の仕事が認められ、
60年に渡米してIBMワトソン研究所に入った。
そこで自然を超える人工物質、半導体量子ナノ構造である「超格子」を提案。
高度な技術が求められるので、多大な研究費を要する。
実用に直結する課題ではなかったが、関心を示してくれたのは米国防総省で、
資金を提供してくれた。
ナノスケールの厚さを制御するので、ナノテクノロジー(超微細技術)、
ナノサイエンスの嚆矢といわれる。

IBMワトソン研には、多くのアジア系研究者が働き、
この人たちが私の研究室でも活躍してくれた。
米国の大学で博士号を取得後、米企業に高給で就職し、米国市民となる。
日本では、こんなことは容易にできないだろう。

◆基礎と応用、バランスが重要

いったんは「頭脳流出」した私が、日本に戻ってきたのは、
筑波大の若手教官らの熱心な勧誘があったから。
IBMでは、ノーベル賞受賞者に特権があり、研究を続けることは可能だった。

しかし、研究生活よりも、米国での経験を生かして若手の創造力を伸ばす
手助けをしたいという気持ちがまさった。
2000年に、国の教育改革国民会議の座長を引き受けたのも、
2つの大学の学長職に就いたのも同じ理由。

あちこちで説いて回っているのは、基礎と応用のバランスの重要性。
「基礎偏重・応用軽視」も、その逆もよくない。
創造性のある基礎研究と実用性のある応用研究に資金を供与する。
全体のバランスを考えたうえで、研究にも教育にも力を入れる。
これらが今後の日本の科学技術政策の枢要と考える。

◆えさき・れおな

47年(昭22年)東大卒。東京通信工業(現ソニー)、米IBMなどを経て、
92年筑波大学長、98年茨城県科学技術振興財団理事長、
00年芝浦工大学長。06年から横浜薬科大学長。
米国での研究成果「超格子」で日本人初の2度目のノーベル賞受賞の期待。

http://netplus.nikkei.co.jp/forum/science/t_366/e_1508.php

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