2009年1月17日土曜日

理系白書’09:挑戦のとき/1 次代を築く、若手研究者たち

(毎日 1月11日)

科学技術創造立国を目指し、昨年はノーベル賞受賞ラッシュにわいた日本。
その足もとの研究現場を支えているのは、若手研究者たち。
先人の背を追い、追い越し、そして次代を築く才能が花開いている。
新たな分野、技術に挑戦する若手研究者たちの素顔に迫る。

◇生命のドラマを見つめ--
理化学研究所発生ゲノミクス研究チームリーダー・杉本亜砂子さん(43)

単細胞の受精卵から自分はどうやってできたのだろう。
細胞の運命は、どのように決まるのだろうか--。

杉本さんが、生命の解明のパートナーに選んだのは「線虫」。
線虫は、959個の細胞から成る体長約1ミリの生物。
受精から3日で成虫に。卵は透明で、細胞分裂のすべてを観察できる。
日々、顕微鏡越しに生命発生のドラマを見つめる。

小さいころから科学の本に親しんだ。
「暗記が苦手で、理詰めで一つの答えを導く理数科目が性に合った」。
生物の魅力に出合ったのは、15~16歳のとき。
授業でメンデルの遺伝法則とDNAの二重らせん構造を学び、
「生物も法則に従って、理詰めで考えられる。
遺伝子を使って、生命を論理的に説明できるってすごい」と感動。

生命が始まる受精卵には、DNAが1セットあるだけ。
それが分裂を繰り返し、さまざまな器官に変化する。
その一連の仕組みは、どの種でも解明されていない。
杉本さんは世界に先駆け、線虫が受精卵から成虫になるのに、
約2万の遺伝子のうち4分の1が不可欠であることを明らか。

生きた細胞中のたんぱく質の動きを観察し、細胞分裂や細胞の運命を
決める遺伝子グループを突き止めた。
「自分が知りたいこと、世の中の人が知らないことを知ることができる
研究者には、やめられない魅力がある」と笑う。

理化学研究所でも、女性のチームリーダーは1割に満たない。
研究を始めたころは、「自分の研究室を持つ自信がなかった」が、
今は約10人のチームを率いる。
「これから社会を目指す女子学生は、やりたいことをやってほしい。
『今、女性が少ないからチャンスはない』と考え、
自分の可能性を自ら狭める必要はありません」

◇子どもも簡単に立体図--東京大准教授・五十嵐健夫さん(35)

クマやヘビなど、パソコン画面上に手書きするだけで、
三次元の立体図に早変わり。
ペンの操作で回転させたり、駆け出させたりもできる。
「子どもも簡単に操作できることが大事です」。笑顔で語った。

パソコン画面に描いた二次元の絵を、立体化するソフト「Teddy」を、
博士課程2年の時に作った。
ノーベル賞候補などが名を連ねる科学技術振興機構の
大型プロジェクトリーダーにも、34歳で抜てき。

子どものころから、絵が好きだった。
父親が購入したコンピューターにのめり込み、簡単なお絵かきプログラムを
自ら作って、好きなクマの絵を描いて遊んだ。
人が円滑に操作できるコンピューターに興味を持った。

「人よりモノを相手にするのがよかった」と大学で理系に進学したが、
研究者になるつもりはなかった。
就職活動をして、「どの企業も考えていることが同じ。面白くなかった」。
博士課程の時、米ブラウン大を訪れ、三次元の形を手書き風に表示する
コンピューター技術を知り、逆転の発想からTeddyが生まれた。

若者の理科離れが問題になっているが、五十嵐さんは
「『理系か文系か』ではなく、社会を生き抜くには、
クリエーティブ・マインド(創造する心)を身に着けることこそが重要」

Teddyは、「お絵かきソフト」として市販され、高校の地理の授業で
使われるなど、社会に広がっている。
「人に役立つ仕事がしたい。コンピューターと人とをつなぐ懸け橋になりたいから」

◇水星の磁場の謎に迫る--宇宙航空研究開発機構准教授・松岡彩子さん(43)

太陽系の最も内側を回る水星は、灼熱の環境などの理由から
探査が進まず、謎に包まれている。
その一つが、磁場(磁石のような性質)の存在。
磁場は、液体の核がない天体では保てないため、
小さな水星には存在しないと考えられてきた。

だが1970年代、米国探査機が磁場の存在を確認、
「なぜ磁場があるのか」が、新たな謎として浮上。
その水星に向け、2013年に日本と欧州が共同で水星探査機
「ベピ・コロンボ」を打ち上げる。
水星磁場の謎を解明する主要観測機器の一つ、
磁力計の開発を率いるのが松岡さん。

学生時代から地球の磁気圏などの研究を続けてきたが、
観測装置を作るのは初めて。
「ハンダごての持ち方を習うことから始めた」。
これまでの衛星では、外国製の磁力計を使うことが多かったが、

松岡さんは「開発段階のノウハウが大事」と、自力開発にこだわった。
水星は太陽に近いため、熱や放射線への耐久性や重量の制限が厳しいが、
「外国製と見劣りのないものを作る」と意気込む。

子どものころにプラネタリウムを見て、宇宙の不思議に魅せられた。
「一つのことをずっと考え続けるタイプで、試験はできなかったけど、
高校時代の教師からは『研究者向き』と言われた」

磁力計は、小型ロケットによる試験などで、ほぼ性能を発揮できる手応えを得た。
「ちゃんと原理に従い、考えた通りにモノが動いた瞬間が一番うれしかった」。
縁の薄かったものづくりの世界で、最初のゴールが見え始め、
「時には向こう見ずさも必要」

◇量子コンピューターへ光--京都大特定准教授・青木隆朗さん(34)

ごく狭い空間に光を入れ、反射や屈折の応用で、
入った光が出ないように閉じ込める。
その空間で、光子(光の粒子)1個と原子1個が互いにどう影響しあうかを研究。
青木さんの専門分野で、「キャビティQED(共振器量子電気力学)」と呼ばれる
最先端物理学。俗世とは無縁に思えるが、実は光を閉じ込めた状態を使うと、
大量の計算を並列的にこなす「量子コンピューター」が作れると期待。

青木さんは、小さなドーナツ形のガラス(直径100分の4ミリ)に
光を閉じ込めて実験した。
光がわずかに外ににじみ出たところに、セシウム原子1個を置き、
光との相互作用を観測。
06年に英科学誌ネイチャーに発表。
量子コンピューターの実現に一歩近づいた実験だと注目。

量子コンピューターは、大量の計算を同時に行う。
従来なら解読に数千万年かかる暗号を数十秒で解く、新薬開発につながる
たんぱく質の反応解析を高速で行うなどが期待。

小学生のころから理科好き。
不思議に思える現象が、法則で説明できるのにひかれた。
「風呂に水を張ると、底が浅く見えるのは光の屈折のためと知ってうれしかった」。
東京大では工学部物理工学科に進み、純粋物理の研究と同時に、
先端技術の開発も味わえると期待。
「世界のだれもやっていない研究をやっているのに充実感を感じる」

今後は、半導体内の電子と光子の相互作用も研究し、
新分野を開拓したいと意気込む。
趣味は、21歳で始めたピアノ。
「ピアノが置ける部屋を借りました」

◇野心的な研究、国が161億円補助 大胆な発想に期待

博士号を取得しても、なかなか研究ポストにつけないなど、
日本の若手研究者を巡る環境は必ずしも明るくはない。
昨年、塩谷立・文部科学相が歴代ノーベル賞受賞者らを招いて開催した

基礎科学力強化懇談会でも、「上から押さえつけず、自由に研究できる
資金的裏づけが必要」など、若手研究者の育成に多くの注文がついた。

こうした指摘を受け、文科省は09年度予算案で、
若手向けの科学研究費補助金を前年度比11億円上積みし、305億円確保。
一定期間の任期付きポストで自立して研究し、その後の審査で認められれば
終身職が得られる「テニュア・トラック」制度の拡充など、
若手研究者の養成システム改革に98億円を盛り込んだ。

研究資金の配分では、政府の総合科学技術会議が失敗のリスクは
高くても野心的な研究を促す「大挑戦研究枠」の創設を提言し、
文科省が計161億円を計上。

同会議議員の相沢益男・元東京工業大学長は、
「初年度は若手を中心に選びたい。無難なことをやるのではなく、
トップに立つんだという意気込みを持って、
大胆な発想で大いにチャレンジしてほしい」とエールを送る。
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◇すぎもと・あさこ

東京都町田市出身。
92年、東京大大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了。
米ウィスコンシン大マディソン校博士研究員、東京大助手を経て、01年から現職。
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◇いがらし・たけお

神奈川県茅ケ崎市出身。95年、東京大工学部卒。
米ブラウン大の博士研究員や、東京大大学院工学系研究科の講師を経て、
05年から現職。日本IBM科学賞(04年)など受賞。
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◇まつおか・あやこ

静岡市出身。94年、東京大大学院理学系研究科博士課程を単位取得退学、
文部省宇宙科学研究所(現宇宙航空研究開発機構=JAXA)助手。
05年から現職。
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◇あおき・たかお

北九州市出身。01年、東京大大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。
同大学院助手、米カリフォルニア工科大研究員などを経て、08年12月から現職。

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2009/01/11/20090111ddm016040040000c.html

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