2009年3月8日日曜日

(下)深層循環 急停止も

(読売 2月16日)

顕微鏡の中の見覚えのあるプランクトンに、
北海道大学大学院生の松野孝平さんの目はくぎ付けに。
昨年9月、海洋研究開発機構の調査船「みらい」で向かった、
北緯76度の北極海でのこと。
ネットですくい上げたこのプランクトンは、太平洋産のカイアシ類の一種
アラスカ―シベリア間のベーリング海峡から来る海水で運ばれたもの。

松野さんを指導する北大准教授の山口篤さんによると、
プランクトンは海洋生態系の変化を探るカギを握ると同時に、
海水の流れを追跡する目印の役割。
例年なら、海氷に覆われている高緯度海域に紛れ込んだ太平洋産の生物。
その存在は、北極海の奥に流れ込む暖水の流れが
勢いを増していることをうかがわせた。

アラスカ沖の北極海の9月の表層海水温は、この10年で5度上昇。
温暖化と、この暖水の影響が相まって、
太平洋側の北極海は、氷が形成されにくい海に変わりつつある。

北極海の海氷の動きには、二つの大きな流れ。
一つは、カナダからアラスカ方向に時計回りに動く「ボーフォート環流」、
もう一つはベーリング海峡から北極点周辺を通り、
グリーンランド東岸に沿って大西洋に抜ける「極横断漂流」

極横断漂流の出口にあたるグリーンランド沖の海域は、
地球全体を巡る「深層循環」の出発点
ここで沈み込む北大西洋深層水(NADW)は、
深層循環を回すエンジンの役割を担っている。

海氷が出来ると、周辺の海水の塩分は高くなる。
海水が凍るときには水だけが凍り、塩分は氷の外に押し出される。
水が主体の海氷が解けると、周囲の海水は薄まって塩分は低くなる。
海水は、冷たく塩分が高いほど重い。

グリーンランド沖の海域で、海水が高温になったり、
急激に海氷が解けて塩分が薄まった海水が大量に流れ込んだりすれば、
海水は軽くなり、NADWの沈み込みが弱まる可能性。

海洋機構研究員の菊地隆さんによると、NADWが沈み込む海域の塩分は、
1970年代から30年間にわたって低下を続けてきた。
2000年以降、低下は止まったとの観測もあるが、
いつまた低下し始めるかわからない。

菊地さんは、「塩分低下の主な原因は、北極海の海氷減少と、
北極域とその周辺での降水の増加だと考えられる」

深層循環が止まったらどうなるか?
東北大学教授の花輪公雄さんによると、深層循環は南北の気候の差を
緩和する役割
を果たし、その影響は地球全体に及びかねない。

大西洋では、底層を南下する冷たいNADWと入れ替わるように、
表層の「ガルフストリーム」という海流が、赤道近くの暖かい海水を北に運ぶ。
その流れが止まれば、欧州の気候は寒冷化すると予想。

温室効果ガスを増加させた状態の気候を、コンピューターで予測する
「温暖化実験」の多くは深層循環の弱まりを予想するが、
実際の海洋ではまだ、その兆候は観測されていない。

01年、ノルウェーの研究者らがNADWの沈み込みが過去50年で
20%減少していると発表して注目、調査はその後、間違っていたことが判明。
07年の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次報告書も、
「深層水の形成量に大きな変化は見られない」と結論。

花輪さんは、「急激な海氷減少が今後も続き、低塩分の海水供給が増えていけば、
深層水の沈み込みが急に止まってしまう可能性もある」

北極の温暖化で、深層海流はどう変わるのか?
その影響を探る研究が注目される。

◆深層循環

海水の温度と塩分の違いによる密度差を駆動力として流れる海洋循環。
熱塩循環とも呼ばれる。
全体を動かす原動力は、グリーンランド沖で沈み込む北大西洋深層水と、
南極大陸周辺でできる南極底層水。
北大西洋深層水は、インド洋や太平洋で表層の循環とも交わりつつ、
最終的には出発地点のグリーンランド沖に戻る。

今から1万年前に約1000年続いた寒冷期には、
深層海流が実際に止まっていたとの説が有力。
当時、北米大陸を覆っていた氷河が温暖化で大西洋に崩れ落ち、
これが解けて塩分が低下したため。

http://www.yomiuri.co.jp/eco/kaihyou/ka090216_01.htm

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