2009年3月12日木曜日

「選択と集中」の限界

(日経 2009-03-03)

自動車、電機といったわが国を代表する製造業が苦境に。
電機は、大手が2009年3月期に軒並み巨額の赤字を計上。
1980年代後半のバブル後の「失われた10年」を、
各社は不採算部門からの撤退とそれに伴う人員削減で乗り切ってきた。
経営者たちは、改革の過程でしばしば「リストラ」というネガティブな
表現の代わりに、口当たりの良い言葉を探した。
その結果、経済界で流行語になるほど多用される言葉が登場。
それが「選択と集中」である。

最も早く「選択と集中」という言葉を使った経営者は、おそらく石油化学品大手、
東ソーのトップだった山口敏明氏(2000年死去)。
1988年、シリコンウエハー事業からの撤退を迫られ、
赤字事業や将来性のない研究テーマを切り捨てる方針を
説明する標語として、これを掲げた。
強気の経営と奔放な性格で、「タイガー山口」との異名を持つ
名物トップだっただけに、事業撤退の悔しさを自ら癒やす狙い。

経営戦略のスローガンとして、「選択と集中」を唱えたのは、
1992-96年に東芝社長を務めた佐藤文夫・現相談役。
社長就任早々、全商品分野の3分の1を対象に
事業を見直す方針を打ち出し、93年には東証2部上場の子会社だった
東芝鋼管の新日本製鉄への譲渡、約7割出資していた
音響機器製造会社オンキヨーの売却(正式な株式譲渡は95年)など。

この路線は、西室泰三・現相談役(社長在任1996-2000年)、
岡村正・現会長(2000-05年)、西田厚聡・現社長(05年-)と、
佐藤氏以後の歴代トップが受け継いだ。
東芝が、「『選択と集中』の優等生」と呼ばれてきたのは、
4代にわたる社長が舵を取ってきた一連の改革の蓄積。

2000年、「ITバブル」がはじけて以降、
3つの過剰(設備・雇用・債務の過剰)の解消が喫緊の経営課題となった
大手電機各社に対し、証券アナリストたちは、「選択と集中」の進ちょく度を
企業や経営者の評価の物差しとしてきた。

赤字垂れ流しの元凶とされたDRAMやコモディティー(汎用品)化が進んで、
採算が厳しくなったAV(音響・映像)機器などの再編
(撤退や他社との事業統合)が進み、その過程で洗濯機や冷蔵庫などの
白物家電から原子力発電までを網羅する「総合電機」という
業態呼称は半ば死語と化した。

ところが、「選択と集中」の神通力がにわかに失せた感がある。
「選択と集中」の優等生、東芝、シャープ、NEC、パイオニアなどが、
09年3月期に最終損益は赤字に転落。
最終赤字の金額もNEC2900億円、東芝2800億円、パイオニア1300億円、
シャープ1000億円と、途方もない水準。

優等生だけが危機に瀕しているのではない。
アナリストから「選択と集中」の遅れを指摘されてきた日立製作所は7000億円、
HDD(ハードディスク駆動装置)事業の売却・再編で「優柔不断」といわれてきた
富士通も500億円の最終赤字を計上。

昨今の日本のエレクトロニクスメーカーの業績急降下の局面で、
「選択と集中」が進んでいようが遅れていようが、結果に大差はなかった。
進ちょく度はさして意味を持たなかったのではないか。

問題はこれからだ。
「選択と集中」を進めてきたメーカーは、事業見直しの手を緩める気配はない。
パイオニアは構造改革案で、プラズマテレビから完全撤退し、
カーナビゲーションなどカーエレクトロニクス事業への傾斜を一段と強める方針。
家庭用オーディオ分野で、「Pioneer」の名門ブランドがやがては消える予感。

縮小均衡を目指す「選択と集中」の追求の果てに、
日本のエレクトロニクスメーカーは未来を見いだせるのか?
実をつけなくなった枝を、次々に切り落としていったのが「選択と集中」の経営、
数少なくなった選りすぐりの枝の葉に勢いがなくなってきたのが現状。
実を結ばない枝を切り落とし続ければ、
いずれは枝そのものが消えうせてしまうのではないか。

「選択と集中」が間違っているとは誰も言わない。
その追求には限界がある。
優等生の東芝では1990年代半ば、原子力事業を他社との統合・再編の
候補として検討したことがあった(最有力候補はライバルの日立製作所)。
当時、国内の原発新設計画は先細り、海外でも1979年のスリーマイル島
原発事故をきっかけに、米国の新規立地凍結などにより需要は減退。
原子力事業の先行きは視界不良。

米ブッシュ政権の原発凍結見直しや2003年のイラク開戦前後からの
原油価格高騰で、様相は一変。
06年、東芝は米原子力大手ウエスチングハウス(WH)を買収、
一気に事業拡大へと路線転換。

東芝の09年3月期の部門別営業損益予想をみると、
原子力事業を含む社会インフラ部門は353億円の黒字。
電子デバイス部門(1978億円の赤字)や家庭電器部門(154億円の赤字)の
不振とは際立った対照。
巨額の半導体投資が裏目に出た西田社長にとって、
乾坤一擲のWH買収はまさに干天の慈雨。
不作為や偶然の産物だったとしても、原子力事業の芽を摘まなかった
歴代社長の経営判断は評価されていい。

「選択と集中」だけでは、企業は存続はできても成長は難しい。
エレクトロニクスメーカーのような、ものづくりの先端技術を事業基盤とする
企業にとって、次世代をにらんだ事業の芽は不可欠。
業績回復の道筋が見えない閉塞状況が続く中で、
あえて新芽を育む逆張り経営を問いたい。

http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/mono/mon090226.html

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