2009年12月8日火曜日

科学者と軍事研究の微妙な距離感

(日経 2009-11-27)

日本の科学技術戦略を語る際、回避されるテーマがある。
軍事部門とのかかわり。
日本人は、特にこの問題に敏感で、
平和利用に徹する姿勢を貫いてきた。
世界に目を向けると、米国をはじめ軍事研究への投資が
相当部分、大学や企業の基礎研究に回っている。
関係を深めることは推奨しないが、実は100%否定することも難しい。
付き合い方のルールを固める必要がある。

核廃絶を唱えるオバマ政権になって影を潜めているが、
同時多発テロが発生した2001年以降、
米国防総省の研究開発担当者が頻繁に、
日本の大学の研究に食指を動かす時期が続いた。

半導体センサーを研究している西日本の国立大学教授。
学会発表を聞いたという米軍関係者が、
制服姿で研究室を訪問、億円単位の資金提供を申し出た。
危険な化学物質の検出に、高感度なセンサーを応用できないか
という着想、この教授は即座に拒否。

リハビリテーションなどを支援するロボットを研究している
関東の大学教授のもとに、米国から航空券が。
研究内容を聞きたいという話だが、現地を訪れてみると
軍関係者から研究支援を提案。
米国では、軍の研究費がロボット研究に投じられることは普通、
日本ではあり得ない。
自身の研究理念にも反すると、同教授は丁重に断り、無事帰国。

まっとうな科学者や技術者ならだれしも、
自分の成果が戦争や犯罪に利用されることなど望んでいない。
平和利用など極めて当たり前な条件で、
議論の対象にはならないという意見。

先端的な研究は時に、ノーベル賞の創設資金にもなった
ダイナマイトを例に挙げるまでもなく、社会の発展に役立つと
同時に、悪用される恐れも。
高度な情報通信技術は、個人情報の盗み見に利用でき、
ナノテクノロジーを駆使して極微な医療機器を開発する一方、
ひそかに人を傷つける武器の開発も可能。

逆のケースもある。
マラリアの感染予防はその代表例、米軍にとって解決したい課題。
これは、アフリカの途上国なども悩む人類共通のテーマで、
軍が蓄積しているノウハウはワクチン開発などに役立てられる。
四国地方の大学や、4大学の研究者が設立した
バイオ系のベンチャー企業は、米軍傘下の研究機関と協力。

米国には、軍事研究費を受け入れている大学は多く、
学術の公開・公正性との兼ね合いや研究倫理が常に議論。
科学技術政策に詳しい鈴木達治郎・東京大学客員教授は、
「基礎的な研究では、(軍など)外部からの介入を拒否する
意見が必ず通る」
それが許されない特殊な場合にのみ、キャンパス外の施設を使い、
大学の研究と一線を画す工夫を凝らしている。

資源・エネルギーの枯渇や食糧の不足、気候変動など
わたしたち人類に及ぶ地球規模の課題は、
なんら解決策が見いだされていない。
難題に科学技術を総動員すべき時代に、反社会的な利用に対し、
科学者や技術者は強く抗議しなければいけない。
負の側面に目をつぶりながら、研究を進めることも許されない。
日本の研究者はこの点、世界的にも優れた倫理観を
備えているのではないか。
その姿勢は誇るべきものだし、高い理念を保ち続けなければ。

同時に、これまで個々人の対応に委ねられていた
軍事研究との協力について、対応するルールを
明確にしておく必要がある。
組織的な枠組みを設けておけば、透明性を高められ、
誤った判断も減らせる。

http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/techno/tec091125.html

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