(日経 2009-01-16)
「ゲノム(全遺伝情報)」という言葉を覚えているだろうか。
生命の営みを決める遺伝暗号の全体を意味し、2000年、
日米欧の国際プロジェクトで、人間のゲノム(ヒトゲノム)が初めて解読。
生命科学研究に革命をもたらす、と言われたこの成果からまもなく10年。
「第2次ゲノム革命」とでもいうべき新たな動きが起きている。
米ベンチャーのパシフィック・バイオサイエンシズは、2010年をめどに、
塩基情報を1時間に1000億個読み取れる解読装置(シーケンサー)を製品化。
24時間で2兆4000億塩基を読め、兆を意味する単位「テラ」と組み合わせて
「テラシーケンサー」とも呼ばれる。
ヒトゲノムは全部で約30億塩基なので、
新装置を使えば2分弱で読み切ってしまえる計算。
国際ヒトゲノム計画で、すべて解読するのに約10年を要したのと比べ、
隔世の感がある。
パシフィック・バイオは、遺伝情報を記録したDNAが作られていく様子を、
「リアルタイムでとらえることができる」
解読コストも10年前の約1000分の1以下に下がり、
医療・バイオ分野の日常的な解析ツールとして期待。
医療機関では、個々の患者の遺伝子レベルの特徴をとらえ、
既存データベースと照らし合わせて予防・治療戦略を練る。
新薬の開発や、特殊な働きを持つ微生物を効率良く探し出し、
産業応用をめざす研究にも強力な武器に。
テラシーケンサーの一歩手前であるギガ(10億)級のシーケンサーは、
既に各国で普及。
「次世代シーケンサー」とも呼ばれ、米ライフ・テクノロジーズ
(旧アプライド・バイオシステムズ)、米イルミナなどが相次ぎ新製品を投入、
市場獲得競争が激化。
米国、欧州に加え、中国への普及ペースが速い。
北京、上海などのゲノム研究機関は、数十台単位でギガシーケンサーを
そろえており、「次々世代」であるテラシーケンサーの大量導入計画も。
日本には、ギガシーケンサーはまだ少ない。
東京大学、理化学研究所、産業技術総合研究所などが中心。
タカラバイオ、北海道システム・サイエンスなど一部の専門企業が
受託解析事業を始めた。
伊藤忠テクノソリューションズ子会社のシーティーシー・ラボラトリーシステムズなど、
解析システムの輸入販売に力を入れる企業が出てきた。
なぜ日本は出遅れたのか?
1990年代、日立製作所が先端的なゲノム解読技術を開発、
特許を取得したものの、製品化は米社の手に委ねてしまった。
国際ヒトゲノム計画では、米欧に主導権を握られた。
重要たんぱく質の構造を徹底解析し、医療応用などに結びつけようとした
国家プロジェクトも、思ったほどの成果を出せずに幕を引いた。
日本ゲノム研究の頂点にあった理化学研究所の
ゲノム科学総合研究センターは縮小、改組を余儀なくされた。
米国では、国立衛生研究所(NIH)などの後押しで
着々と新たな解読手法や医療応用の研究が進み、
その成果を生かしたベンチャー企業も発足。
欧州でも、診断技術で世界の先端を行くロシュなどが開発研究を急いだ。
そうした動きがここへ来て一気に花開いた。
日本勢が、今から新装置を開発するのは難しい。
やるべきことは山ほどある。
装置がはじき出した膨大なデータから意味のある内容を
うまく引き出す作業は、まだ始まったばかり。
遺伝子が次々に機能し、たんぱく質を作り出してゆく流れ、
生体内で情報がやりとりされるネットワークの研究では、
理研の成果が国際的にも一目置かれている。
京都大学の山中伸弥教授も、新型万能細胞(iPS細胞)の作製にあたり、
理研の解析データを活用。
iPS細胞を使った病気の治療研究を進める慶応大学の岡野栄之教授は、
ギガシーケンサーなどにより、「遺伝子と病気との関係をさらに調べられる」
がんや糖尿病、生殖医療などの分野で、新鋭シーケンサーを使った
国際研究計画が次々に始まっている。
日本は、米英中が進めるがん関連の国際プロジェクトに参加を
求められながら、予算不足などを理由に断った。
こうした計画に背を向けるのでは、失うものが大きすぎる。
大量のシーケンサーを並べて片っ端からゲノムを解読する「物量作戦」は
他国に任せるにしても、
日本はアイデアと丁寧な分析で積極的に貢献していくべき。
http://netplus.nikkei.co.jp/ssbiz/techno/tec090114.html
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