2009年10月11日日曜日

敗北の衝撃:16年招致/上 JOC、世界で動けず 五輪の夢、都庁頼り

(毎日 10月5日)

「JOCがもっと強くならないとダメだ。
推進力のある若手を、IOC中枢に送り込まなければ」
16年五輪開催都市を決めるIOC総会から帰国した
石原慎太郎東京都知事は、JOCを痛烈に批判。

52年ぶりの夏季五輪開催を目指した今回の招致活動で、
主体的な役割を担ったのは、東京都。
JOCの役割分担は、「都の手が回らない部分」
(市原則之JOC専務理事)で、あくまで東京都の活動を
補完する役割にとどまっていた。

実際、「最後のお願い」となったコペンハーゲンでのロビー活動は、
石原知事や河野一郎・招致委員会事務総長らが中心。
石原知事は、「開催地選考に必要なのは、(IOCが求める)
いくつかの条件を備えることだけではない。
かつての自民党総裁選のような、
目に見えない政治的な動きがある」

市原専務理事は、石原知事の指摘について、
「(国際舞台での発言力は)我々も課題だと感じている。
今回、招致活動の過程で、リオデジャネイロに風が吹いてきた、
と感じる場面があった。
そういう風を、起こしたり止めたりする場所に、人材がいなければ」

98年開催された長野冬季五輪の招致活動では、
スポーツ界に強い影響力があった堤義明氏や
国際卓球連盟会長だった故荻村伊智朗氏らが、
IOCのサマランチ会長(当時)とパイプを持っていた。

日本の五輪実施競技団体の中で、
「国際競技団体要職への足掛かりになる」(JOC関係者)という
アジア連盟の会長を出しているのは現在、カヌーだけ。
豊富な資金力を背景に、中東勢が力をつけるなか、
日本の国際的な地位が低下していることは否定できない。

「20年五輪に再挑戦してほしい」という声が
早くも起こり始めたスポーツ界は、
コペンハーゲンで「次」を目指すための課題を
突きつけられたことを忘れてはならない。

http://mainichi.jp/enta/sports/general/archive/news/2009/10/05/20091005ddm035050141000c.html

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