2010年2月15日月曜日

諸外国から学ぶスポーツ基本法:イギリス

(sfen)

イギリスのスポーツに関する政策の改革は、
過去10年の間に起こった。
変革と呼ぶにふさわしいほどの劇的な改革、
イギリスのスポーツを政策の中心に位置付ける方法は、
わが国にとっても注目に値する。
英国ラフバラ大学研究員の山本真由美さん。

◆スポーツ先進国家に向かうイギリスのスポーツ政策

イギリス政府は、伝統的にスポーツに対する政策は
「無関心」状態だったが、過去10年間にスポーツが
国家の政策的中心に位置づけ、スポーツを通した
社会的課題の解決を目指した政策展開がなされてきた。

2012年ロンドン・オリンピック・パラリンピック(London 2012)開催が
決定されて以降、イギリスのスポーツの政策目標は、
同国が「世界のスポーツ先進国家」として確固たる地位を築くこと。

◆スポーツの「国家戦略化」への道筋

イギリスのスポーツ政策、スポーツの政策環境の特徴は、
エリートレベルのスポーツ支援、アンチ・ドーピング政策、
オリンピック・パラリンピック大会開催以外、
国民国家として統一された「スポーツ政策」が存在しない。
「スポーツ基本法」のような統一的な法整備はなされていない。

中央政府には、スポーツ担当省となる文化・メディア・スポーツ省(DCMS)
の国務大臣、イングランドのスポーツ大臣(Minister for Sport)など、
英国の各4地域にスポーツ担当大臣が存在する。

イギリスが、「スポーツにおける先進国家」を目指し、国家戦略として
政策展開を試みている背景には、
London 2012を成功裏に開催すること、
自国大会開催でのイギリス・チーム(Team GB)の成功
(オリンピック・メダル獲得数4位、パラリンピック・メダル獲得数1位)、
大会後も続くスポーツへの、スポーツを通したレガシーを
国内、国際社会に根付かせるという目的。

国内的制約があるにも関わらず、各中央スポーツ組織が統一した
ヴィジョンを持って、パートナーシップを形成する。
エリートレベルのスポーツ支援を通し、
イギリスのスポーツ全体を底上げするという方策がとられている。

◆政権交代後に掲げられたスポーツの近代化

スポーツ政策において、現在のような方策が
とられるようになったのは、ここ10年前後。
1997年、保守党から労働党に政権交代、
労働党の基本的政策理念に合致させた形で、
スポーツも「変革」を余儀なくされた。

変革の一番の特徴は、スポーツを「近代化」すること。
それまでのスポーツ組織は、ボランティア・ベースの
アマチュア団体が主で、各団体間の関係が複雑で連携が希薄。
そのような団体を効率の良い運営形態へ移行させ、
専門知識を持った人材の登用を奨励し、
「エビデンス(証拠)」を基にした財政支援の原則を
導入することで、これを促した。

特記すべきは、上記の変革を促進させるため、
「エリート・スポーツ vs 生涯スポーツ」といった、
往々にして想起される対立構図を捨て、
確固たる長期的戦略目標を中核に据え、
目標達成のための青写真と、踏むべきステップ(施策)を
具体的に描いたということ。

DCMSと子ども・学校・家庭省(Department for Children,
Schools and Families, DCSF)の両省庁が連携する
「若者の体育・スポーツ戦略(PE and Sport Strategy for
Young People, PESSYP)」は、学校、コミュニティー・スポーツ、
エリートのレベルに至るまでのパートナーシップ、パスウェイを
横断的に構築することを目指した好例。

◆脚注
※1. The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland
(the UK, GB)。
イギリスは、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの
四地域(ネーション)から構成、1999年、スコットランド議会が開会、
地域分権政策がさらに進行。
ネーションに権力移譲された政策分野には、
スポーツや教育も含まれ、各ネーションがそれぞれ担当大臣を有する。
1944年以来、最も重要な法律、ナショナル・カリキュラム(学習指導要領)
を導入した1988年教育改革法(Education Reform Act)は、
スコットランドには適応されていない。

※2. イギリスには、法的に統一されたスポーツ政策の展開ができない。
2012年ロンドン大会開催決定後、2006年英国議会は、
「オリンピック法(Olympic Bill)」を可決、首相直属の内閣府に
オリンピック大臣が任命。
オリンピック法を根拠とし、実質的に国家として統一した
スポーツ政策の展開がなされている。

※3. 山本真由美「『先進スポーツ国家』へ?
-イギリスのエリートスポーツ政策の分析」
*Japanese Journal of Elite Sports Support*, Vol. 1, pp.1-11参照。

※4. PESSYPは、03~08のPhysical Education, School Sport &
Club Link (PESSCL)プログラムを拡大、5~16歳まで週5時間以上の
質の高い体育とスポーツ、16~19歳に、スポーツからの脱落を
回避するため、週3時間以上のスポーツ・イン・スクールを
達成することを目的。

◆今後のわが国のスポーツ政策展開に向けて

わが国でも、「スポーツ基本法」成立を目指した動きが高まりを
見せているが、スポーツ権の問題、
スポーツ省/庁設置に関する議論、
スポーツ関連予算を有する各関係府省の棲み分けの問題、
公的資金(補助金)の分配(方法と分配先)、
スポーツ関連基金や国営くじの活用方法とその位置づけの明確化等、
議論し整理を付けるべき課題が現状まだまだ山積。

わが国のスポーツ行政は、スポーツ・体育施設整備や体力の増強、
健康の増進のための指標、指導者や組織の育成などの事業に関し、
国家として統合された目標が示されていない。

イギリスのスポーツ政策環境は、各関連領域が法的根拠に則り
一元化されたものではない点で、わが国と近似関係にある。
国家の成長戦略として、スポーツを政策の中心に位置づけ、
目標を共有し、省庁等各組織間の実質的な連携を
成功させていることは注目に値する。

◆ハイ・パフォーマンス・センター(シェフィールド)

国際競技力向上計画の一環で建設された、
ハイパフォーマンス・アスリートの包括的なサポートを
目的とした施設の一つ。
当センターには、インドア・アウトドア・トラックや
ウェイトトレーニング場、理学療法、マッサージ、体力測定、
食事プログラム、アスリートの競技内外の生活をサポートする
パフォーマンス・ライフ・スタイル・プログラムを受けることができる。
イングランド内には、バーミンガム大学、ラフバラ大学、
ロンドン郊外ビッシャム・アビー、シェフィールドを含む9カ所に設置。

マスタープランとは、失業、住宅、景観、環境、福祉など、
さまざまな問題への社会的な価値判断をともなった政策方針。
スポーツの普及・振興も含まれ、文化・メディア・スポーツ省は
スポーツに関する計画や改善策を提示。

◆近年におけるイギリスのスポーツのマスタープラン

A Sporting Future for All(全ての人にスポーツの未来を)
2000年/DCMS発行
エリート・スポーツと学校体育の二大政策課題、
スポーツの社会政策的価値の認識の明確化、
組織の近代化、公的資金の効率的な活用

Game Plan(ゲーム・プラン)
2002年/戦略ユニット(Strategy Unit)& DCMS 共同発行
2020年までの長期目標、政府の役割の明確化、
公的資金の必要性、スポーツの社会政策的価値の認識

Playing to Win: A new era for sport(勝利に向けて: スポーツの新時代)
2008年/DCMS発行
London 2012のレガシーを根付かせ、世界の先進スポーツ国家へ
例:2012年までに200万人が日常の身体活動に参加

◆山本真由美

英国ラフバラ大学博士号。
世界アンチ・ドーピング機構(WADA)勤務。
ラフバラ大学オリンピック・スタディーズ研究センター客員研究員。
嘉納治五郎記念国際研究・交流センター研究員。
スポーツ政策専門。
エリートスポーツとアンチ・ドーピング政策の展開についての研究。
Comparative Elite Sport Development共著。

http://www.ssf.or.jp/sfen/sports/sports_vol1-1.html

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